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登山家・田部井淳子の政界への意欲をくじいた男社会の日本政治 どう変えるか?

男社会の山登りの世界を独力で切り開いたガッツある女性は政治の何に失望したのか

円より子 元参議院議員、女性のための政治スクール校長

 「コロナ後」の新しい世界の社会経済システムを考え直す「グレート・リセット」の観点から、女性にからむ様々な問題を取り上げる連載「『グレート・リセット』と女性の時代」。3回目は女性政治家がなかなか増えない日本政治の構造と課題について論じます。
連載・ 円より子「グレート・リセット」と女性の時代

 ヒラリー・クリントンと娘のチェルシーが書いた共著に、日本の登山家の田部井淳子さん(注)がガッツのある女性として評価されています。この田部井さんが、私に政界に出てもいいと言ってきたことがありました。私が参院議員だった1990年代半ばのことです。

(注)田部井淳子(たべい じゅんこ) 1939年9月22日生まれ。 女性として世界で初めてエベレスト、および七大陸最高峰への登頂に成功した。 2016年没。

田部井さん、さすが!と感動

 それまで何度か会合でお会いしていて、私のやっていた「ニコニコ離婚講座」のこともよくご存知で、女性が出産すると働き続けられないこと、収入にも昇進にも男女差があり、そのことが離婚女性を貧困に陥れていることを分かっていてくださり、政治を変える必要があると意気投合していました。

 しかし、まさか、彼女自身が出馬する気になってくれるなど考えていませんでした。女性の政治家を増やしたいと言う人でも、自分は出る気はないという人ばかりでしたから。

 政界は権力者の醜い争いばかりで、税金泥棒のような政治屋も多いし、そんな政界に身を置きたくないとでもいうような。それでいながら、女性の政治家を増やしたいなんて、何言ってんだ、と思ったものですが、女にできるものかと言われ続けても、エベレストに女性で初めて登頂した田部井さんはさすが!と感激しました。

田部井淳子さん=2012年11月5日

裏目に出た県連トップとの会談

 出るなら、円さんのいる新進党で、6年間みっちり仕事のできる参議院がいい。スポーツ界でも男女差別が大きい。教育の場を変えていきたいと、田部井さんは情熱的でした。

 メディアに漏れないよう、細心の注意を払って、党幹部に話したところ、福島県の県連トップは大喜びで田部井さんと会うことになったのです。

 しかしながら、この会談は見事に失敗し、田部井さんの議員誕生ははかなく消えました。

 勝たせてやるから心配することはない、あんたは、言われた通りにあちこちに挨拶に行けばいい。組織も金もつけてやる――。

 そう言われれば、たいていの人は、安心するでしょう。俺に任せろと言った福島のドン渡部恒三先生には、善意こそあれ悪気など何もなかったのですが、田部井さんの性格と心理を理解していなかった。いえ、分かっていても、恒三流の話し方しかできなかったのかもしれません。

 田部井さんは、女の分際でと言われても、男社会を自分の力で切り開いてきた人です。選挙のせの字もわからんくせに、言う通りにしていればいいという感じに、彼女はカチンときてしまった。

 円さん、ああいう人たちばかりの政治の世界でよく生きてられるわねと、田部井さんはすっかりあきれ顔。私は、恒三先生の妻は歯科医で、ずっと共働きで、女性蔑視の考え方などない人だと伝えましたが、田部井さんは、「でも、あの人は、女性の政治家なんてお飾りだと思っているわよ。女はこうあるべきという考え方がふんぷんとしている」と言い
ました。

 確かにそういう男性が多いのは事実。今だって、女性を立てておけば、支持率が取れるくらいにしか考えていない党幹部は、どの党にも多いでしょう。

 「だからこそ、逆手をとって、チャンスを生かして、お飾りではないことを証明すればいいのです!」

 そう話したのですが、翻意させられませんでした。縁がなかったんですね。

サッカー、レスリングを女性もする時代に

 女性の生きる選択肢を増やしたいと思っていた、また、環境問題にも心を痛めていた田部井さんと参議院でタッグを組めたら、面白かっただろうなと今でも思います。

 田部井さんがエベレスト登頂に成功したのは1975年のことですが、その後、日本女性が成功するまで、なんと21年の歳月が流れています。まだまだ、山登りは男の世界なのでしょうか。

 1964年、バレーボールで金メダルを取って、東洋の魔女と騒がれた、あの輝かしい東京オリンピックでは、全選手中、女性は13.2%しかいなかったそうです。選手だけではない。カメラマンも女性が少なく、女子の選手村に入れるカメラウーマンを探すのに苦労したとか。

 女性がオリンピックに参加したのは1900年からで、997人の選手中、女性は22人、たった2.2%でした。それから比べると、延期になった今年の東京オリンピックは48.8%も女性がいますし、2024年のパリオリンピックは初めて男女同数にするそうです。

 子どもの頃、男の子より、駆けっこも早いし、跳び箱もできるのに、運動会で騎馬戦をやらせてもらえないのが不満でした。今や、サッカーだって、レスリングだって女性もできる。時代は少しずつ動いています。

Seita/shutterstock.com

「男のもの」と決めつけずに

 囲碁や将棋も男の世界のように言われ、女性は力不足、男性にかなうわけがないとみなされてきました。しかし、昨年11月、30歳以下、7段以下の若手棋戦で、藤沢里菜女流名人が、男女競合の囲碁の公式戦で史上初の女性覇者となりました。

 私もたしなむ囲碁ですが、男女の開きが大きく、なかなか女性の囲碁人口が増えません。ただ、スポーツと同じで、才能に男女差はないのですから、裾野が広がれば、囲碁や将棋の世界で活躍する女性も増えるに違いありません。

 政治も同じ。政治は「男のもの」ときめつけず、子どもの頃から、家庭や学校で話し合い、授業の一環で、各陣営の選挙事務所を見に行くくらいしても面白いのに、と思います。

 子どもの暮らしにも政治は直結していることを、子どもの頃から知っておく権利があります。子どもを産む段になって初めて、保育園が足りないこと、保育士さんの給料が安くて人員不足なことを知っても遅い。

環境が変われば女性が進出しやすく

 囲碁の世界で、なかなか女性棋士が増えず、強くなれないのは女性の囲碁人口が少ないだけでなく、棋士養成の内弟子制度が女性に馴染みにくいとも言われていました。今はネット碁が普及し、アクセスも容易になったし、通い弟子が主流になり、女性が進出しやすくなったそうです。

 ある女性議員の話ですが、忘年会、新年会が町内会ごとにあり、それに全部参加していたが、この年末年始はコロナのおかげで全部なくなって、やっと家族とも時間が持てたと。他党の議員が顔を出しているのに、自分だけ行かないと何を言われるかと、不安なんですね。票も減ると考えてしまう。

 こうした有権者との付き合い方も、幼い子どもを育てている女性には、政治から遠ざかる理由になります。選挙の費用だけでなく、当選後の議員の生活環境も、「支える妻=ケアワーカー」がいて初めて成り立つようなあり方を変えていけば、政治の世界に入る女性の裾野が広がるかもしれません。

2018年5月16日、参院本会議で政治分野における男女共同参画推進法が可決・成立したが、女性の政治への進出はなかなか進まない

日本の政治は妻が支えている

 2万人近くいる地方自治体議員のうち、都道府県議会では女性は9.8%、市区議会で14.8%、町村議会は9.8%です。ということは、地方議会には85%から90%の男性議員がいるわけですが、その妻たちは有職でしょうか無職でしょうか。国会議員も、衆議院議員の90%、参議院議員の80%を占める男性議員の妻の職業の有無はわかりません。そういう統計がないのです。

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