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軍主導のエジプト政権下、コロナ蔓延でさらに強まる言論規制

[17]ジャーナリストの逮捕、SNSへの規制強化、医師や看護師も拘束

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 エジプトは2011年春の民主化運動「アラブの春」で、長年続いた強権体制が崩壊し、一時、民主的政権が成立した。だが、軍によるクーデターで排除され、軍主導のシーシ政権が生まれた。この政権は報道・言論の弾圧を強めてきたが、コロナ感染の蔓延によって、さらに強権化している。

 エジプトの確認陽性者は、1月7日時点で14万5590人、死者は7975人。2020年6月中旬をピークとする第1波では、1日に1600人~1700人の新規感染者、80人~90人の死者が出たが、8月初めには感染者は1日100人台まで減少した。シーシ大統領は「エジプトのコロナ感染対策は顕著な成功を収めた」と述べた。

イエメンの新型コロナウイルス感染状況(2020年12月24日時点) 出典:世界保健機関エジプトの新型コロナウイルス感染状況(2021年1月7日時点) 出典:世界保健機関

 11月初めから第2波が始まり、12月下旬には1日の新規陽性者は1000人超、死者も50人を超えた。ただし、人口1億200万という中東最大の人口規模を考えれば、陽性者、死者ともに少ない水準である。しかし、第1波の時から、感染者数についての公式発表が実際の感染状況から乖離しているのではないかという疑念は繰り返し指摘されていた。

 エジプトでは2020年2月半ばに1人の外国人の感染者が発表されたが、国内での感染者は3月15日時点で累計110人に過ぎなかった。一方で3月上旬、エジプト南部アスワンからルクソールに行くナイルクルーズに参加した日本人旅行者が帰国後に陽性が判明したほか、米国、カナダ、台湾などでも感染者が報告された。

 アラビア語ニュースサイト「アラブポスト」(3月12日付)に、「なぜ、国外だけでエジプトでのコロナ感染者が出現しているのか」という記事が掲載された。ここでは「誰もが心配している。エジプトは本当にコロナ感染率が低いのか? あるいは政府は意識的に感染を隠蔽しているのか? あるいは政府は実際の状況を知らないのか?」と疑問を呈している。

言論規制を強めるエジプトのシーシ大統領 vasilis asvestas/Shutterstock.com言論規制を強めるエジプトのシーシ大統領 vasilis asvestas/Shutterstock.com

 エジプトの人権組織「思想と表現の自由協会」(afte)が発表した今年第1四半期(1月―3月)の言論の自由についての報告書には、3月前半にPCR検査センターを取材し、治安当局に9時間拘束された女性ジャーナリストが出てくる。尋問した取調官は、「エジプトにはコロナ感染者はいない。ジャーナリストはいつもうわさばかり追っている」と語ったという。

 報告書は「政府は、ジャーナリストや専門家がデータを分析することを阻止しようとしている。それは報道で事実を明らかにし、政府を監視するというメディアの社会的役割を妨げる。報道が役割を果たすことは社会が直面する危機を乗り越えるために必要である」と書いている。

 感染データへの疑念が広がる中で、3月半ばに英国紙「ガーディアン」がカイロ駐在記者による記事を掲載した。これによると、カナダ人専門家がエジプトの感染者は約1万9000人と推計しているとして、当時の政府発表の感染者126人よりはるかに多い可能性を示した。これに対して外国メディアを担当する国家情報局が、この記事には根拠がないとして、記事の取り消しと謝罪を求めたが、ガーディアンは応じなかった。エジプト政府は「記事はエジプトの国益を害する意図のもとに作成された」と、同駐在記者の外国人記者登録を取り消し、事実上の国外退去措置をとった。

 ガーディアンが引用した専門家の推計は、3月下旬に国際的に有名な医学系学術雑誌「ランセット」のサイトに掲載された論文と同じ内容で、エジプト旅行から戻った感染者の数字や滞在期間をもとに、国内での3月上旬での推定陽性者数を「1万9310人」とした。論文では「最低でも6000人」と推計し、「それでも報告されていないなお多くの陽性者がいると推測される」としている。

2カ月で10人を超えるジャーナリストの逮捕

 3月11日、エジプト政府はコロナ関連のメディア規制について首相府のフェイスブックで明らかにした。「コロナ感染について虚偽のニュースやうわさを報道したり、ソーシャル・メディアで拡散したりすることは、公共の治安を撹乱し、国民を怯えさせ、公共の利益を損なう行為である。政府の担当省庁が提供しない虚偽の情報を報道する者に対しては、法的措置をとる。コロナ関連の情報はすべて保健省が提供したものでなければならない」。

 エジプトでは「アラブの春」後に選挙で選ばれた大統領が、イスラム政治組織「ムスリム同胞団」のメンバーだったことから、2013年のクーデター後、同胞団を「テロ組織」として非合法化し、同胞団メンバーを逮捕、さらに大統領や政府、軍を批判すれば、「テロ組織に関与」という疑いで拘束する例が激増した。国際的な人権組織「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」(HRW)は拘束されている政治犯の数を6万人と推計している。

 コロナ感染拡大によって政府によるメディア統制はさらに強まった。5月21日にカイロに拠点を置くアラブ人権情報ネットワークは「コロナウイルスで始まったジャーナリストの逮捕、2カ月で10人」というレポートを公表した。逮捕容疑は「テログループに参加して、嘘のニュースを流し、社会的なメディアを乱用して、治安を脅かした」ことだという。

 10人のうちの1人については、「フェイスブックでコロナ患者数についてコメントし、政府発表の数字を批判した。彼はテロ組織に参加し、偽のニュースを流したことで訴追されている」と記されている。

 エジプトでは「アラブの春」の際にツイッターやフェイスブックを通じてデモが広がったことから、シーシ政権はSNSへの規制を強めている。2018年には「サイバー犯罪規制法」を国会で通過させた。閉鎖や処罰の対象になるのは「国家の治安と安全」と並んで、「公共の道徳」「社会の平和と安全」「家族の価値」「個人のプライバシー」など、当局がどのようにでも解釈できる曖昧な内容となっている。

 国際的人権組織「アムネスティ・インターナショナル」は2020年5月3日付のレポートで、コロナ感染に絡んで拘束されたジャーナリストは12人で、それ以前の拘束者数と合わせて計37人としている。

 国際組織「ジャーナリスト保護委員会」(CPJ)によると、エジプト人ジャーナリスト、ムハンマド・ムニール氏は7月13日、カイロ郊外のトーラ刑務所内でコロナウイルスに感染し、

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