2021年01月09日
旧日本軍の慰安婦だった韓国人女性12人が日本政府に対して損害賠償を求めた訴訟で、2021年1月8日、韓国のソウル中央地裁は原告の訴えを認め、日本政府に1人あたり1億ウォン(約950万円)の賠償金を支払うよう命じた。
敗訴した日本政府が判決に不服な態度を見せたのは当然として、驚いたのは菅義偉首相の記者団に対するコメントだ。
「国際法上、主権国家は他国の裁判権には服さない。これは決まりですから。そういうなかで、この訴訟は却下されるべき、このように考えます」
決まりですから? 誰がどう定めた決まりなのか説明がないまま、そう断じた。
さらに、この判決が日韓関係のさらなる冷え込みにつながるのではないか、という記者の質問に対してこう答えた。
「まず、この訴訟は却下されるべき。そこから始まる」
日韓対話は「却下」が前提なのか。新型コロナ対策も福島周辺海域の汚染水対策も農産物禁輸問題も、半導体輸出制限問題も、日韓間の課題は山積しているのに、「却下」判決がないと対話のテーブルにつけない……。そう受けとれられても仕方がない口ぶりだ。
判決を受け入れられないのは理解できる。ただ、一国の代表の発言としてどうなのか?
「却下」は、具体的な審理をする前の「門前払い」を意味するが、審理すること自体おかしい、非常識だ、認められないというのは、韓国の司法を見下した発言であり、訴訟を起こした被害者への思いやりも全く感じられない。
かつて「歴史認識問題は問題として別途話し合い、実務的な協議は続けていこう」と、いわゆる「2トラック」「マルチトラック」方式で戦略的・未来志向の利益を模索しようとしていた日本の外交方針とも大きな齟齬がある。韓国・文在寅(ムン・ジェイン)政権が反日姿勢を前面に出していることも背景にあり、両国関係は、底なし沼のように悪化していくのは間違いないだろう。
韓国人元徴用工に関する日本企業への賠償命令などで、今回の判決への流れは予測できた。しかし、日本政府は今回、原告からの訴状の受け取りを拒否し、口頭弁論にも参加しなかった。最初から最後まで背を向けた格好だった。
では、具体的にこの判決を導いた韓国司法の法理は何だったのだろうか。
強く焦点を当てたのは、「被害者個人の救済策」だった。判決文の中ほどに次のような一文がある。
被害者たちは日本、米国などの裁判所に何度も民事訴訟を提起したが、全て棄却または却下された。(1965年の日韓)請求権協定と2015年『日本軍慰安婦被害者問題関連合意(筆者注:両政府が解決を宣言した日韓政府間合意)』もまた、被害を受けた個人に対する賠償を包括することができなかった。交渉力、政治的な権力を持つことができない個人に過ぎない原告らは、この訴訟以外に具体的な損害賠償を受ける方法は見いだしがたい。(原文は韓国語。ジャーナリスト・徐台教氏がネットで発信した日本語訳を基に一部意訳した。以下同じ)
では、菅首相が「決まりですから」と断定的に述べた「決まり」についてはどう判断したのか。「主権国家は他国の裁判権には服さない」という理屈は、「主権免除」「国家免除」と呼ばれる。
判決は「当時、朝鮮半島が植民地統治されていた特殊性」を前面に出した。
国家免除という考えは、確かに「国際慣習法」ではあるが、19世紀後半から例外的な事由を認める「相対的主権免除理論」が台頭し、国家免除論は、恒久的で固定的な価値ではなく、国際秩序の変動に従って継続して修正されているとする。
そのうえで、根拠としてウィーン協約や奴隷制、奴隷貿易などを挙げ、「被告となった国家が国際共同体の普遍的な価値を破壊し、反人権的な行為によって被害を加えた場合までも民事訴訟の裁判権が免除されると解釈するのは不合理であり不当とした。
慰安婦問題は計画的、組織的、広範囲にわたり行われた反人道的犯罪行為であり、国際規範に違反する。不法行為の一部が植民地統治下の朝鮮半島で行われた点を「当事者や紛争となった事案と実質的な関連性があるため、韓国の裁判所は国際裁判管轄権を持つ」「たとえ事件の行為が国家の主権的行為であるとしても国家免除を適用することはできず、例外的に韓国の裁判所に被告に対する裁判権がある」とした。
被害者の賠償請求権の有無に関しては「1965年の請求権協定や2015年の政府間合意の適用対象に含まれないため、請求権が消滅したとはいえない」と認定した。
突き詰めると、国家免除の原則には例外があり、かつて日本の一部とされた朝鮮半島で起きた重大な被害と重大な加害行為を鑑みれば、例外とみなすことができ、韓国の裁判所が管轄できるという論理展開となっている。
この考え方について異論もあるに違いない。
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