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トランプの「共和党支配」終焉の始まり

米連邦議会議事堂への襲撃事件をあおった代償

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

 米大統領選で敗北したにもかかわらず、根拠なき「不正選挙」の主張を繰り返し選挙結果を覆そうと画策してきたトランプ米大統領。1月6日には首都ワシントンに集結した支持者たちをあおり、米連邦議会議事堂への襲撃事件が起きた。トランプ氏は米国史上初めて「2回の弾劾訴追を受けた大統領」になるのは確実な情勢だ。襲撃事件をきっかけに、トランプ氏から共和党議員は離反し、政権幹部らが続々と辞任。トランプ氏の1月20日の退任を待たずに、トランプ政権は事実上崩壊した。

米首都ワシントンの連邦議会議事堂に集まったトランプ大統領の支持者たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年1月6日

占拠現場は「祝祭」的雰囲気

 1月6日早朝、私は地下鉄でホワイトハウス近くのオフィスへ向かった。普段は車を使って通勤するが、前日から首都ワシントン中心部は、大統領選の結果に不満をもつトランプ支持者の抗議集会に備えて厳しい車両規制がしかれており、地下鉄が中心部に入る唯一の交通手段だった。自宅近くの駅にも、地方から出てきたと思われるトランプ支持者が地下鉄パスの販売機の前に並ぶ姿がちらほら見られた。

 オフィスそばのメトロセンター駅で降り、エスカレーターで地上にあがると、大通りには車両が通らず、ほとんどの店舗やホテルが営業していないのに、大勢のトランプ支持者たちだけがたむろしているという異様な光景があった。

 支持者たちの多くは「MAGA」ハットと言われる赤い帽子など何らかのトランプ支持のグッズを身につけているため、容易に判別できる。彼らは面識のないほかの支持者たちとも「同志」的な親しみをもっておしゃべりを始め、抗議集会が始まる前から大通りで「あと4年! あと4年!」などと連呼し、大きな盛り上がりを見せていた。

トランプ大統領の演説を見るため、ホワイトハウスの南側にあるナショナルモールに集まった支持者たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年1月6日

 私はオフィスで、前日に行われたジョージア州上院決選投票の結果を待ちながら、トランプ氏の抗議集会での演説をテレビ中継で見た。

 抗議集会はホワイトハウスに隣接する広場に設けられた特設会場で行われた。トランプ氏が防弾ガラスで囲まれた演壇に立ち、数千人の支持者を前に「我々は決してあきらめない。我々は決して負けを認めない」と強調すると、大歓声が上がった。

 もともとこの日の抗議集会はトランプ氏が呼びかけて行われたものだ。トランプ氏は昨年12月に「1月6日にワシントンで大規模なデモがある。来てくれ。荒れるだろう」とツイート。1月1日にも開催を告知していた。

 トランプ氏は大統領選の結果について「大規模な不正選挙が行われた」と根拠なく主張し、自身が敗北した激戦州で訴訟を乱発。相次いで敗訴すると、今度はジョージア州など各州の共和党関係者に選挙結果を覆すように圧力をかけ始めた。それが受け入れられないとわかると、1月6日に選挙結果を確定させる米連邦議会の上下両院合同会議で自分に忠実なペンス副大統領が進行役を務めることから、ペンス氏に選挙結果を覆すように圧力をかけ始めた。

 今回の抗議集会は、合同会議が行われる最後のチャンスにかけ、トランプ支持者を全米各地から首都ワシントンに動員し、示威行動を展開するという政治目的があった。

トランプ大統領の演説を見るため、ホワイトハウスの南側にあるナショナルモールに集まった支持者たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年1月6日

 トランプ氏は、この日の集会でも1時間以上にわたって「不正選挙」を訴え、ペンス氏の名前を挙げると、「彼は正しいことをしてくれると思う。彼は絶対的な権限を持っている」と述べ、選挙結果を覆すように改めて要求した。さらに、「力強さを見せる必要がある」「より強く戦わなければいけない」とあおり、「ここにいる全員が連邦議会議事堂に行き、平和的に愛国的に、あなたたちの声を聞かせるために行進することを知っている」と呼びかけた。

 トランプ氏の演説が終わると、支持者たちは約2キロ離れた連邦議会議事堂に向けて行進を始めた。

米首都ワシントンの連邦議会議事堂に集まったトランプ大統領の支持者たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年1月6日

 しばらくすると、テレビ中継では、議事堂周辺で警官隊とデモ隊が小競り合いを始める映像が流れ始め、催涙ガスと思われる白い煙も見えた。オフィスを出て、議会議事堂へと駆けつけた。

 議事堂の敷地内では、数千人のトランプ支持者たちが建物を占拠し、「TRUMP 2020」などと書かれた旗が無数に風にたなびいていた。不思議なことに、いつもは警備にあたっているはずの議会警察の姿は見えず、立ち入り禁止の区域にだれでも自由に入ることができた。

 議事堂正面には、1月20日に予定されているバイデン次期大統領の大統領就任式のために特設ステージが設けられている。その特設ステージの上には大勢の支持者たちが勝手によじのぼって座り、大歓声をあげていた。

 支持者たちの顔には興奮とともに、笑みがこぼれていた。携帯電話のカメラで仲間たちが占拠した建物を背景に自分の写真を撮ったり、お互いに写真を撮りあったりして楽しんでいた。現場では「不正選挙」を食い止めるため、実力行使をして革命を成就したといった祝祭的な雰囲気に包まれていた。

 しかし、支持者たちは建物内で略奪・破壊活動もしており、その行為は暴徒そのものだった。議事堂に対する襲撃は、米英戦争中の1814年に英軍が首都ワシントンを攻撃したとき以来という。

トランプ大統領の支持者たちによって割られた、米連邦議会議事堂入り口の窓=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年1月8日

 トランプ氏もさすがに自分のあおった支持者たちが議事堂を襲撃したことにあせったとみられ、ツイッターで自宅に戻るように呼びかけたが、一部を除き、大半は敷地内にとどまり続けた。

 中山俊宏・慶応大教授(米政治外交)は今回の議事堂襲撃事件について、朝日新聞の取材に対し、「トランプ氏はこれまで、敵対感情をあおり続ける政治手法を原動力としてきたが、作り出したモンスターの制御が利かなくなった」と指摘した。この襲撃事件で、議事堂を警備していた警察官1人を含む5人が死亡した。

トランプ政権は崩壊過程に

 トランプ氏の支払った政治的代償は極めて大きかった。

 トランプ氏は共和党内での圧倒的な支持率を背景に、政権与党内で独裁的な権力を確立した。しかし、襲撃事件をきっかけに、共和党議員の同氏への批判も公然と行われ始め、離反の動きが加速した。

米首都ワシントンの連邦議会議事堂に集まったトランプ大統領の支持者たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年1月6日

 「トランプ氏の昨日の(集会での)発言は一線を越えた。私はそれに賛同しないし、私は4年間、トランプ氏の発言に賛同したことはない」

 議事堂乱入事件から一夜明けた1月7日、共和党のテッド・クルーズ上院議員は地元メディアの取材にこう述べ、トランプ氏を非難した。保守強硬派の同氏は2024年大統領選への出馬を見据え、トランプ氏の根拠のない「不正選挙」の訴えに最も熱心に賛同してきた人物だが、トランプ氏から距離を取る姿勢を示した。

 トランプ氏の言動に同調してきたのは、クルーズ氏だけではない。

 共和党議員たちは党内でカリスマ的な人気を誇るトランプ氏を恐れ、トランプ氏への批判は事実上タブーだった。共和党上院トップのミッチ・マコネル院内総務ら主流派も4年間、トランプ氏が権力を乱用しても常に擁護。共和党は昨年8月の党全国大会で、1856年以来、4年ごとに策定してきた党の政策綱領を策定せず、「(共和党は)現在も今後も大統領の『米国第一』の公約を積極的に支持する」という決議を採択。共和党は「トランプ党」化の動きを加速させてきた。

 潮目が変わり始めたのが、トランプ氏の大統領選の敗北だ。

 昨年12月14日の選挙人の投票でバイデン氏の勝利が事実上確定すると、それまでトランプ氏の裁判闘争に付き合ってきたマコネル氏は態度を転換し、バイデン氏の勝利を認めた。トランプ氏はペンス副大統領に対し、上下両院合同会議で投票結果を覆すように圧力をかけたが、ペンス氏も要求を拒否。マコネル氏やペンス氏ら主流派を中心に、共和党内ではトランプ氏から離反する動きが目立ち始めた。

 とどめは、今回の議事堂襲撃事件だ。150人以上の共和党議員が合同会議で異議申し立てをする構えだったが、襲撃事件の発生で議員たちは退避し、合同会議は一時中断。再開した合同会議では壇上に立った共和党議員は、第一声で事件を非難せざるを得ず、事件をあおったトランプ氏を支持する熱気は急速にしぼんだ。

 ジョージア州上院決選投票に出馬し、熱心にトランプ氏を支持していたケリー・レフラー上院議員は「再考せざるを得ない。私は自分の良心に従い、投票結果に反論することはできない」と発言。トランプ氏のゴルフ仲間で盟友のリンゼー・グラム上院議員も「私を仲間に入れてくれるな。もうたくさんだ」と突き放した。リサ・マコウスキー上院議員らトランプ氏の辞任を公然と求める議員も出始めた。

 トランプ氏からの離反は、共和党議員にとどまらない。マコネル氏の妻のチャオ運輸長官ら政府高官がトランプ氏に抗議し、次々と辞職。政権与党内であれだけの独裁的な権力を誇ったトランプ氏の「グリップ」はもはや効かず、1月20日のトランプ氏の退任を待たずに、政権は崩壊過程に入った。

襲撃事件から2日後の連邦議会議事堂。周辺にはフェンスが建てられた=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年1月8日

「もう一つの世界」つくり出したツイッター

 さらにトランプ氏に政治的な大打撃を与えたのが、米ツイッター社によるトランプ氏のアカウントの永久停止だ。

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