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「自爆」したトランプ大統領~アメリカ史上初の2度目の弾劾訴追

悪夢は終わるのか、別の悪夢が始まるのか

三浦俊章 朝日新聞編集委員

 1月20日に退任するアメリカのトランプ大統領は、4年におよぶ波乱の任期を「政治的自爆」で閉じようとしている。

 選挙の敗北を認めない大統領支持者を激しい演説で扇動し、彼らによる連邦議事堂襲撃を招いた責任を問われて、大統領は13日、連邦下院で弾劾訴追された。アメリカ史上4度目の大統領弾劾だが、2度弾劾されたのはトランプ氏が始めてである。

 すでに多くのソーシャルメディアが大統領のアカウントを危険視して閉鎖し、大手企業も選挙結果を否定する共和党議員への政治献金を止める動きに出ている。退任後も大きな影響力を行使するとみられていたトランプ氏の運命は、自らが招いた混乱で暗転した。

 だが、ここまで付き従って来た政治家と支持者は今後どうするのか。トランプという悪夢は本当に終わるのか。あるいは新しい別の悪夢が始まるのだろうか。

連邦議事堂に集まったトランプ大統領の支持者たち。2021年1月6日、ランハム裕子撮す連邦議事堂に集まったトランプ大統領の支持者たち。2021年1月6日、ランハム裕子撮す

「憲法体制」を敵にしたトランプ

 今回の弾劾訴追の決議では、強い結束でトランプ政権を支えてきた共和党から10人が賛成票を投じた。チェイニー元副大統領(ブッシュ・ジュニア政権)の娘で、下院共和党のナンバー3のリズ・チェイニー氏も大統領に反旗を翻した。

 チェイニー議員は声明で議事堂占拠事件を非難し、「アメリカ大統領が暴徒を招集し、ヒューズに点火した。その後に起こったことは大統領の行った結果だ。大統領なしには、一切起こらなかったことである」と述べた。そのうえで「大統領の職務と憲法への誓いに対して、これほど大きな裏切りはいまだかつてない」とまで糾弾した。

 議決は、賛成232票で反対197票だった。共和党からの10票の造反は小さく見えるかもしれないが、「ウクライナ疑惑」をめぐる前回2019年の弾劾では、共和党からの離反は1票も出ていない。今でも草の根レベルの共和党支持者のトランプ氏への熱狂が衰えていないことを考えると、2年ごとに選挙にさらされる下院議員の中から10人があえて弾劾に賛成したのは、党内の動揺を示している。しかも、共和党のマッカーシー下院院内総務は反対票を投じつつも「トランプ氏にも責任はある」と認めているのだ。

 下院による弾劾は、裁判でいう訴追に当たる。実際に大統領を辞めさせるには、上院による裁判で3分の2の賛成が必要だ。これには共和党から17人が寝返る必要があり、結構高いハードルとみられている。だが、共和党の最大の実力者であるマコネル上院院内総務が、裁判での賛否を明らかにしていないことが臆測を呼んでいる。ニューヨーク・タイムズ紙は、マコネル氏が周辺にトランプ大統領の行為は弾劾に値すると述べたこと、共和党からトランプ氏を追放する好機と考えていること、を報道している。

 さらに驚きは、議事堂占拠事件後ずっと沈黙を保っていたアメリカ軍の最高首脳が12日、ミリー統合参謀本部議長以下の連名で文書を出し、その中で議事堂占拠事件を非難したことだ。文書は「憲法プロセスを混乱させるいかなる行為も、われわれの伝統、価値、誓約に反するだけでなく、法に反している」としている。

 文民統制を徹底し、政治への介入とみられることを何よりも警戒するアメリカ軍がこのような声明を出したこと自体が異例である。これは、今回の事件(そしておそらく、それを扇動した大統領の行為)が、憲法体制に反しているという認定に等しいだろう。

 トランプ大統領支持者による議事堂占拠は、それだけ異常な事件だった。

 議長室の占拠、議事堂内に翻る南軍旗、警官に対する執拗な暴力を伝える映像は、トランプ政治の混乱は「もうたくさんだ」という思いを、中道のふつうのアメリカ国民にも引き起こした。これまで危ない橋を渡りながら大衆ポピュリズムをあおってきたトランプ大統領は、ついに犯してはいけない最後の一線を越えたと言える。

米議会突入で割られたガラス。ガラスは直せるが、傷ついた民主主義は修復できるか。2021年1月8日、ランハム裕子撮す米議会突入で割られたガラス。ガラスは直せるが、傷ついた民主主義は修復できるか。2021年1月8日、ランハム裕子撮す

議事堂襲撃・占拠事件へ、共和党が歩んできた道

 この4年間にアメリカで起こったことを振り返ってみると、その変化の激しさに目がくらむ思いがする。

 2016年秋の選挙で、共和党はホワイトハウスを奪取したばかりか、上下両院の多数を制した。完全勝利だった。それが4年後の選挙では、ホワイトハウスを失ったばかりか、余裕で勝利すると思われていたジョージア州の上院決選投票でさえも、根拠のない「選挙不正」を訴え続けるトランプ大統領の混乱した戦術の結果、2議席とも失った。2年前の中間選挙で失い、今回も取り戻せなかった下院と合わせると、この4年間で総崩れを起こしたのだ。

 これほどの政治的な大敗は、通常ならば敗北した政党に根本的な再建を迫ることになる。ましてや、今回の敗北が半世紀にわたって共和党が進めた保守路線の破綻であることを考えると、ゼロからの立て直しの道しかないはずだ。

 ここで共和党の大統領選の歴史をざっと振り返ってみる。

 1968年、1972年の大統領選ではニクソンが、黒人差別を撤廃した公民権運動に反発する南部の白人保守層を取り込んで勝利した。1980年、1984年の大統領選ではレーガンが、リベラルが推し進める多文化主義に反発するキリスト教保守を票田として大勝した。2000年、2004年の大統領選でも、ブッシュ(ジュニア)は、南部の保守層の支持を得て勝ち抜いている。いっぽう政権を失ったオバマ時代は、共和党は原理的な保守主義者である「ティー・パーティー(茶会)」に頼り、中間選挙での巻き返しに成功する。

 そのときそのときに共和党が取った戦略は、その時点ではうまくいった。

 しかし、大きな誤算があった。アメリカ社会が、どんどんと多民族化していき、白人だけの支持ではもはや多数にはなれない時代が到来していたのだ。今回を含む過去8回の大統領選の一般投票の総数で、共和党が民主党を上回ったことは1回しかないことがそれを示している。

 本来は、多様な人種、そしてリベラルに傾斜する若者への対策を練るべきだったのだが、共和党はそういう道を取らなかった。逆に、保守層への傾斜を強めた。自らの堅い支持基盤に集中する戦術を取った。トランプ大統領にいたって、それまでは決してアメリカの政治の主流では認められなかった白人至上主義者に

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