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なぜ日本人が「トランプ的なもの」に憧れるのか

トランプ現象と日本イデオロギーの終焉

仲正昌樹 金沢大学法学類教授

 昨年11月のアメリカ大統領選以降、奇妙な現象が起こっている。トランプ氏が敗北したというのは、米民主党とマスコミなど、リベラル=グローバル勢力が流しているフェイクニュースであり、本当に追い詰められているのは連中の方である、証拠は既に判明しているとする陰謀論的な言説がアメリカだけでなく、日本国内でもかなり流布している。

宗教団体や右派だけでなくリベラル派までもが

米首都ワシントンの連邦議会議事堂前に集まったトランプ大統領の支持者たち=2021年1月6日、ワシントン

 選挙の不正、開票結果の取り消しを求めるトランプ陣営の訴訟が次々と却下され、政権の閣僚クラスの幹部や共和党の重鎮たちもバイデン氏が正式な勝利者であると認め、選挙人投票の結果を確認する上下両院合同会議にトランプ支持者が乱入して死者が出ても、自分たちの認識を改めようとしない。

 無論、トランプ大統領こそ、危機に瀕したアメリカをグローバル勢力の侵略から救ってくれる救世主であると強く信じ、議会での抗議デモに参加するような熱心なトランプ信者にとっては、「トランプ敗北」は、アルマゲドンの闘いで神側が敗北したことに等しい、自らの世界観あるいは思想的アイデンティティを否定する大事件であるので、どうしても認めたくないのは理解できないことではない――そういう聞き分けの悪い人たちが、民主主義の最先進国であったはずのアメリカの政治を4年間にわたって主導してきて、今後も共和党内で一定の勢力を保ちそうであるというのは、極めて危なっかしいことではあるが。

 しかし、Qアノンやプラウドボーイズなどと同じくらい本気で、ドミニオンの集計マシンによる大規模不正が行われ、その証拠はフランクフルトのドミニオン本社に命がけの突入を行ったCIAの特殊部隊員の犠牲によって明らかにされた、という荒唐無稽な話を信じる日本人が(少なくともネット上に)かなり多く存在し、大統領選関係のヤフーコメントなどを荒らし回り、日本国内で抗議デモを行っているのはどうしてなのか。

 日本のトランプ支持派のリーダー的な存在は、従来から反グローバリズムや中国脅威論を掲げてきた右派論客や宗教団体だが、一部にリベラル護憲派も加わっている。彼らの中には、不正が行われたのは明らかなのにそれを報じない日本のマスコミがおかしいのでツイートしているだけだと、マスコミ批判にもっていこうとする人もいるが、最も熱心なグループは、トランプ氏でないと、グローバル化勢力(あるいは中国)の世界支配に対抗できず、日本もその影響をもろに受けると信じている。彼らもまた、アメリカの民主主義を理想化するリベラル左派とは違った面で、アメリカ中心主義の影響を受けている、と言ってしまえば、それまでだが、どうも、それだけでは説明できない要素もあるように思われる。

右も左も「アメリカ」とうまく距離をとれなかった

 1980年代末に冷戦構造が崩壊するまでは、加藤典洋が『敗戦後論』(1997)で指摘したように、「右」は安保・経済政策的には親米だが、アメリカの作った憲法の改正、戦後レジームの修正の必要性を訴え、「左」は安保・経済政策的には反米だが、(革命を志向する新左翼を除いて)九条護憲、戦後民主主義の継承を共通の旗印にする、というねじれた関係にあった。双方とも、「アメリカ」とうまく距離を取ることができなかったわけである。

 しかし、90年代の終わりから21世紀にかけて、反米保守が台頭し、安全保障面を含めたアメリカからの真の独立と、反グローバリズムを掲げるようになった。左の側でも、経済的なグローバリズムの弊害や旧植民地諸国に対する西側諸国の文化的支配(ポストコロニアルな状況)を糾弾し、国民や民族ごとの自立的発展を重視する、反グローバリズム派が台頭した。右と左の反米ラディカリズムが結果的に接近しているように見えた。こうした混沌とした状況が生じたのは、敗戦から50年以上経ったことと、冷戦に〝勝利〟したものの、国家としてのアメリカの力が相対的に弱まっていく中で、日本の戦後政治が「アメリカ」によって支えられているという意識が、左右双方にとって次第に希薄になってきたためだと考えることができる。

 ところが、日本のトランプ支持派は、反グローバリズムを掲げながら、そのゴールの実現を、アメリカの大統領であるトランプ氏に託そうと

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