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半藤一利さんの「遺言」――記者に語った「歴史から何も学ばぬ日本人」

己を責め、死にまさる苦しみを背負いながら、追い求めた「事実」の重み

伊藤千尋 国際ジャーナリスト

拡大半藤一利さん=東京都千代田区、2010年3月10日

日本人は戦争の激震をどうやって乗り切ったのか

 昭和史に光をあてた作家でジャーナリストの半藤一利さんが1月12日に亡くなった。90歳だった。

 『文藝春秋』の編集長を長く務めた保守の論客だが、反戦の意志も明確に打ち出した気骨ある信念のジャーナリストだ。代表作に、終戦の日に軍部が天皇の玉音放送を阻止しようと反乱を起こした宮城事件を書いた『日本のいちばん長い日』がある。岡本喜八監督らの手で映画化されヒットした。

 なぜこの本を書こうとしたのか。

 半藤さんは、著書『あの戦争と日本人』に、一億玉砕を豪語して戦いつづけた大日本帝国がいかにして戦争をやめることができたのか、日本人はその「激震」をどうやって乗りきったのか、知りたかったと書いている。

軍国主義の反省を捨て去った安倍政権をどう見たのか

 当時の取材から半藤さんは何を知ったのか、さらに今の日本がどう見えるのだろうか。

 私が半藤さんに単独インタビューしたのは、2014年7月10日だ。その直前の1日、当時の安倍晋三政権は閣議だけで憲法解釈を変え、集団的自衛権の行使の容認を決定した。戦前の軍国主義の反省から生まれ歴代の政権が尊重した憲法9条の精神を、いとも簡単に捨て去った。

 昭和史に詳しい半藤さんはこんな日本をどう見ているのだろうか。このとき84歳だったが、記憶も話しぶりも明晰で、質問に対してよどむところがなかった。

拡大他国への攻撃に自衛隊が反撃する集団的自衛権の行使を認めるために憲法解釈を変える閣議決定をした後、会見する安倍晋三首相=2014年7月1日、首相官邸
拡大集団的自衛権の行使容認に反対する動きは全国で続いた。被爆地・長崎での集会の参加者は「絶対に許さないぞ」と拳を突き上げた=2014年7月1日、JR長崎駅前

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筆者

伊藤千尋

伊藤千尋(いとう・ちひろ) 国際ジャーナリスト

1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ支局長(欧州特派員)、ロサンゼルス支局長(米州特派員)を歴任、be編集部を最後に2014年9月、退職しフリー・ジャーナリストに。NGO「コスタリカ平和の会」共同代表。「九条の会」世話人。主著に『心の歌よ!』(シリーズⅠ~Ⅲ)『連帯の時代-コロナ禍と格差社会からの再生』『凛凛チャップリン』『凛とした小国』(以上、新日本出版社)、『世界を変えた勇気―自由と抵抗51の物語』(あおぞら書房)、『13歳からのジャーナリスト』(かもがわ出版)、『反米大陸』(集英社新書)、『燃える中南米』(岩波新書)など。公式HPはhttps://www.itochihiro.com/

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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