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「言論の自由」という幻想:いま米国で起きていることに寄せて/上

ソーシャルメディアによる「検閲」の線引きの困難さ

塩原俊彦 高知大学准教授

 ロシア語雑誌『エクスペルト』に、「言論の自由という幻想」というタイトルの記事が掲載された。フランス人で、『ロシアの悪夢』というフランス語の本を書き、いまはロシアに住んでいるマチュー・ブージュが著したものである。これに触発されたので、率直な筆者の考えをまとめることにした。

民間企業による「言論封殺」

トランプ支持派による議事堂占拠=2021年1月6日、ワシントン lev radin / Shutterstock.com

 ドナルド・トランプ大統領(当時)の支持者が連邦議会議事堂に乱入した1月6日の事件を契機に、ツイッター社は8日、@realDonaldTrumpアカウントからの最近のツイートとその周辺の文脈(具体的には、ツイッター上とツイッター外でどのように受け取られ、解釈されているか)を精査した結果、暴力をさらに扇動する危険性があるため、アカウントを永久に停止した」と発表した。加えて、同社は、弁護士のシドニー・パウエルやトランプ大統領の元国家安全保障顧問のマイケル・フリンなど、陰謀論を広めるためにプラットフォームを利用した著名なトランプ支持者数人のアカウントを永久に禁止する。11日には、陰謀論を宣伝する極右集団「Qアノン」にかかわるアカウント7万件超を永久停止したと発表した。

 他方で、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は、フェイスブックとインスタグラムのアカウントについて、「無期限に、少なくともつぎの2週間、権力の平和的な移行が完了するまで遮断することを延長中である」と表明した。グーグルの所有するユーチューブは12日にトランプのチャンネルを停止した後、13日になって、約280万人の加入者を持っていた彼のチャンネルを少なくとも7日間新たにアップロードできないようにすると、ユーチューブの公式ツイッターアカウントで発表するに至る。

 過去1年間に何百万人もの極右保守派を魅了してきたソーシャルネットワーク、パーラーについては、1月8日、アップルはそのアプリ上での会話の取り締まり強化をパーラー側に伝え、iPhone上からそのアプリを排除する。その数時間後、グーグルもプレイストアからパーラーのアプリを削除した。アマゾンも暴力や犯罪を扇動する投稿を十分に取り締まっていなかったとして、同社のコンピューティングサービスからパーラーを排除した。

 これに対して1月11日、ツイッターの措置について尋ねられたアンゲラ・メルケル首相の報道官は、「問題である」とし、「ソーシャル・メディア・プラットフォームの運営者は憎悪、嘘、暴力への煽動によって毒されない、政治的コミュニケーションのための大きな責任を負っている」と答えたという(AP通信2020年1月11日)。

 いわば、「言論の自由」と「国家規制」とのバランスが問題化していることになる。同時に、この問題は、筆者がこのサイトで何度も論じてきた「ディスインフォメーション」(意図的で不正確な情報)の脅威にどう対抗すべきかという問題につながっている。そう考えると、今回のトランプへの言論封殺事件についてじっくりと考察することが求められているように思う。

インターネット規制と米国

 拙稿「サイバー空間と国家主権」で論じたように、インターネット規制については欧州が先行した。米国の場合、性表現が青少年に与える悪影響に対処する目的で、1996年のコミュニケーション品位法(CDA)、1998年の児童オンライン保護法、2000年の児童インターネット保護法というかたちで、徐々にインターネット規制に舵が切られることになる。

 ジェームズ・エクソンという上院議員が1994年7月に提出したCDA案は、「性行為、排泄行為」などについて、18歳未満の者が利用できる方法で表示や配信を行うことを相手が自発的に始めたかどうかにかかわらず禁止する、つまりネットの運用者にそうした情報を削除することを義務づける内容であった。法案審議が不十分なまま議会が解散してしまったため、エクソンは1996年CDA案を再び提出し、これが制定されたのだが、その際、修正が加えられた。

 クリストファー・コックス(カリフォルニア州選出、共和党)とロン・ワイデン(オレンゴン州選出、民主党)の下院議員が、ネットワークの秩序維持に取り組んでいるウェブサイトを守らなければ、インターネット全体が訴訟と刑罰を恐れて麻痺状態になることに気づいたのである(その事情については前者の述懐に詳しい)。そのため、彼らは、「双方向のコンピューター・サービスの提供者ないし利用者を、出版業者ないし別の情報内容提供者によって供給された情報の話者とみなしてはならない」という条項を入れたのである。これによって、第三者である利用者が供給する情報を広めるだけの双方向のコンピューター・サービス提供者および利用者は、中身に関する法的責任を、出版業者などと異なり、免れることができたのだ。これが、合衆国法典第47編第230条、通称CDA230条と呼ばれるものである。

 わかりやすく言うと、CDA230条は、ソーシャルメディアをその内容に法的責任がある新聞としてではなく、印刷物を販売するニューススタンドとみなしていることになる。

 忘れてならないのは、CDA自体が成立直後の1997年6月、最高裁判所によって無効と判断されたことである。「レノ対アメリカ自由人権協会事件」の最高裁判決は、インターネット上での未成年者へのわいせつなコミュニケーションを禁止するCDAの反品位条項の違憲を宣言した。表現の自由を定めた憲法修正第1条に違反しているというのである。それでも、言論の自由を促進するとされた230条は存続した。

米連邦最高裁判所 Shutterstock.com

コンテンツ・モデレーション

 CDA230条が生き残ったことで、フェイスブックやユーチューブなどのソーシャルメディアが行ったのが「コンテンツ・モデレーション」(content moderation)だ。ネット上の書き込みをモニタリングする投稿監視業務を

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