三浦俊章(みうら・としあき) 朝日新聞編集委員
朝日新聞ワシントン特派員、テレビ朝日系列「報道ステーション」コメンテーター、日曜版GLOBE編集長などを経て、2014年から現職。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
アメリカ史の文脈に照らして、浮かんでくること
「民主主義が勝利した」。アメリカ東部時間で1月20日正午(日本時間で21日午前2時)、ワシントンの連邦議事堂前で行われた就任式で、バイデン新大統領はそう高らかに宣言した。
民主主義のルールや慣例を無視し続けたトランプ政権の4年間に終止符を打ち、品位ある政治を取り戻したとの思いが、その言葉には込められている。
バイデン氏は就任演説で、アメリカの団結を呼びかけ、自分に投票しなかった国民も含めて「すべてのアメリカ人のための大統領になる」と誓った。だが、そうした明瞭なメッセージだけではない。演説のさりげない言い回しやキーフレーズの中に、バイデン氏の秘めた思いがちりばめられている。アメリカ史の文脈に照らして、就任演説を読み解いてみよう。
アメリカ大統領の就任演説と言えば、数々の名文句が浮かぶ。
「なんぴとに対しても悪意を抱かず、すべての人に慈愛を持って……われらの着手した仕事を完成するために努力いたそうではありませんか」(南北戦争直後のリンカーンの第2次就任演説、1865年)
「我々が恐れなければならない唯一のものは、恐れそのものであります」(大恐慌に立ち向かったフランクリン・ルーズベルトの第1次就任演説、1933年)
歴代の大統領は、ここぞとばかり文章を推敲して就任式に臨んだ。
そういう伝統からすると、今回のバイデン氏の20分余りの演説は、ニューヨーク・タイムズ紙の解説記事が伝えるように、「単調で、効率的で、装飾を排した」スピーチだった。
レトリックを駆使したオバマ大統領の演説の持つ華麗さはまったくない。いつものバイデン流のトークだといえばそうなのだが、今回は特にシンプルな言葉を使い、ひとつひとつの文も短い。平易さにおいては、むしろトランプ前大統領の演説に通じる。トランプ支持者たちの胸にもストンと落ちるように、やさしく力強い言葉で語りかけたのではないだろうか。
内容にも、国民をまとめようとする工夫がうかがえた。アメリカ憲法の前文、リンカーンの演説、愛国心や兵士への呼びかけなど、国民の幅広い層にアピールする引用を要所に使っている。
ただひとつだけ、意外なことがあった。名前は引いていないのだが、あきらかにバイデン氏が強く意識した政治家がいた。