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トランプ時代の「米国の狂気」をバイデン大統領は克服できるか?

田中均 (株)日本総研 国際戦略研究所特別顧問(前理事長)、元外務審議官

 米国ではバイデン大統領が第46代大統領として正式に就任したが、そこに至る4年間で「狂気の沙汰」としか言いようがない程、米国社会は乱れた。バイデン大統領の就任で「通常への復帰」が印象付けられているが、バイデン大統領は米国を、世界をどう導くのか。

アメリカの分断は今に始まったわけではない

 米国は移民国家であり、人種、宗教など多様性を特色とする国家である。また米国的資本主義は「結果の均等」ではなく、「機会の均等」の下で競争を行うことが基本原理で、ある意味弱肉強食の世界であり、結果的な所得格差は生まれる。人種的な偏見に基づく分断、所得格差に基づく分断は米国社会の仕組みからむしろ必然とも言える。

 従って政治の最大の役割はそのような米国社会の分断を埋める事であったはずだ。

 歴代大統領は黒人差別をなくするための公民権運動や、非白人や女性の地位向上のための「アファーマティブ・アクション」を支持してきた。経済政策についても共和・民主で考え方の違いこそあれ、国民の豊かさを求めることにおいては違いがない。

 共和党は規制をできるだけ少なくし、減税を推進し、政府の役割を小さくしつつ、民間企業活動で成長を実現し所得を上げていこうとする。それに対し民主党は大きな政府、即ち、政府が租税政策による所得の再配分で貧困者対策を行い、公共事業を拡大し需要を高める政策を推進してきた。

トランプ大統領の背景にあったもの

 ところが2016年の大統領選挙が生んだのは、ドナルド・トランプという全く公職経験がない実業家だった。

 そこで示された国民の意識は、共和・民主の既成の政治勢力は、例えば所得格差の是正に役割を果たしていないのではないかという強い不満だった。米国では上位1%の所得階層が全米の21%の資産を有するという厳しい格差が存在する。

 トランプ前大統領はそのような国民の意識によって選ばれたが、分断の最大要因ともいえる大きな所得格差を是正しようとしたわけではなかった。むしろ顕著であったのは、普通の人々が持つ既成の権威に対する不満を自分の支持へと転化することだった。

上院選決選投票の共和党候補を応援する集会で演説するトランプ=2020年12月5日、ジョージア州バルドスタ

 既成のメディアを相手にせず、SNSを多用し、簡単で衝動的な言葉で自分の発信を続けた。アメリカ・ファーストを掲げ、国際協調といった迂遠な方法でなく二国間関係でアメリカの力を相手に押し付ける方法をとり、失業率が極めて低い状況にもかかわらず移民がアメリカ人の職を奪っているとしてメキシコとの国境の壁を建設した。そして人種差別を助長するような発言を行っていった。

 「反知性主義」というべきか、「アメリカ・ファースト」というシンボルを多用し、都合の悪い情報はフェイク・ニュースと決めつけるなど、独断的な行動スタイルで支持を得たということなのだろう。

 4年間の大統領支持率平均41%は他の大統領に比べて低いが、歴代のどの大統領よりも支持率の変化は少なく安定していた。

 1月6日に選挙結果の最終的な承認審議が行われている議会にトランプ支持者たちが乱入した事件は、トランプ政権下の「アメリカ社会の狂気」を象徴した。これまでの4年間は、民主主義的価値に基づく政治的通念の否定であったのだろうと思う。

 トランプ支持者の議会乱入を煽ったのはいわゆる陰謀論だ。米国には巨大国際金融資本などグローバリゼーションを推進するディープステートという影の政府が存在し、トランプ大統領を失脚させようとしているのだという。議会に乱入したのは、ディープステートに抗するQアノンという集団や極右白人至上主義者などであったという。

 トランプ前大統領は選挙での敗北にかかわらず職にとどまるためには、このような陰謀論で行動する人々を煽ることしかないと考えたのか。

トランプは去ったが「トランプ的」なものは残る

 議会乱入を煽った言動は、今後トランプ前大統領自身が政治勢力として留まることに致命的な傷を与えたと思う。そしてトランプ前大統領が次回2024年の大統領選挙に出馬できる可能性はこれでほぼ消えた。

 しかし、「トランプ的」なるものは残るだろう。何が「トランプ的」か。

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