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「癒やし」としてのバイデン大統領 命運を握る「最初の100日」の成果

高齢のバイデン氏に許された時間は少ない。トランプ時代の分断の「統合」にどう臨むか

吉崎達彦  ㈱双日総合研究所チーフエコノミスト

 年頭の恒例、ユーラシアグループの「Top Risks」2021年版によれば、今年第1位のリスクは「46*」であった。これだけだとまるで判じ物みたいだが、これは「注釈付きの第46代大統領」と読ませる。

 同グループを率いるイアン・ブレマー氏は、毎年、その年の世界が直面する政治リスクのトップテンを選出し、「Gゼロ」など巧みな造語力で近年の視界不良な世界を予言してきた。2021年版も、小技の効いたフレーズをひねくりだした。

 すなわち、このアスタリスク(*)は、「有権者の半数近くが新大統領の正当性を認めていない」ことを意味している。

大統領就任式で宣誓した後に笑顔を見せるバイデン氏=2021年1月20日、ワシントン、ランハム裕子撮影

異様な状況下での大統領就任式

 実際、1月20日にはジョー・バイデン氏が第46代合衆国大統領に就任したが、それは異様な状況下においてであった。

 人口70万人のワシントンDCに2万5000人もの州兵が動員され、大統領就任式は厳重警戒のもとに行われた。参加者を制限し、恒例のパレードも中止された。それは新型コロナウイルスによる死者が全米で40万人を超えていたから、という理由だけではない。

 就任式のほんの2週間前、年明けの1月6日には同じ連邦議会議事堂において、前代未聞の騒動が発生した。全米から集まったトランプ支持者たちが、大統領の扇動を受けて議会に乱入したのである。

 彼らは不正な選挙が行われ、トランプの勝利が「盗まれた」と信じる抗議者たちであった。議会内は一時占拠され、この混乱によって警官1人を含む5人が死亡している。上下両院の議員たちは、非常用の地下道を使って危うく難を逃れた。

 この日行われていた議会合同会議では、昨年行われた各州の選挙人投票結果の確認作業中であった。襲撃によって中断された作業は、午後8時から再開されたが、選挙結果に対する共和党議員たちの異議申し立てにより、何度も中断された。最後にようやくバイデン氏の当選が確認されたのは午前3時40分であった。議長役となったペンス副大統領は、合衆国憲法の定めに従って粛々と議事を行ったが、その行為はトランプ支持者たちから「裏切り者」呼ばわりされる始末であった。

 かくも分断されてしまった米国社会を、これからバイデン新大統領は率いていくことになる。大統領就任演説において、バイデン氏は何度も「統合」(Unity)を訴えた。しかし、一体どれだけのトランプ支持者がこの演説を聞いただろうか。当日の参加者が少なかったこともあり、演説は拍手に遮られることもなく、わずか20分で終了した。

 就任直後、バイデン氏は11本の大統領令に署名したが、その中には連邦政府施設内でのマスク着用の義務付けが入っている。マスク着用は公衆衛生のための社会的責任なのか、それとも個人が選択すべきことなのか。そんなことさえ、今の米国社会では分断の理由になってしまう。「統合」は容易なことではないのである。

米連邦議会議事堂から数百メートル離れた場所で警戒に当たる州兵=2021年1月20日、ワシントン

米連邦議会がいきなり直面する難題

 バイデン政権の閣僚人事は、議会による承認が始まったばかりだ。年明けとともに始まった第117議会は、上院が「民主50対共和50」、下院は「民主222対共和212」という、めずらしいほどの僅差となった。

 上院は議長を兼務する副大統領、カーマラ・ハリス氏の1票があるために、民主党が主導権を握ることができる。ゆえに「ひとつの政党が、ホワイトハウスと上下両院全てを制するトリフェクタ(3連単)」が成立したことになる。とはいえ、ごく少数の議員が造反するだけで、優位はあっけなくひっくり返る。

 そして米連邦議会は、米国史上初めて2度目の弾劾訴追を受けたトランプ前大統領をどうするかという難題を抱えている。憲法の定めるところによれば、上院で近日中に弾劾裁判を実施しなければならない。100人の上院議員が陪審員となり、その3分の2の同意を得れば、弾劾は成立する。

 昨年行われた弾劾裁判では、53人の共和党議員のうち弾劾に賛成したのはミット・ロムニー上院議員ただ1人であった。今回は50人の共和党議員のうち、17人が賛同すれば弾劾は成立する。ハードルは高いものの、前回の弾劾容疑は権力乱用と議会妨害であり、今回は「暴動を扇動した罪」である。その意味ははるかに重いと言わざるを得ない。

 悩ましいのは、いったん弾劾裁判を始めてしまうと、それが上院の最優先事項となって、他のあらゆる審議が止まってしまうことだ。しかるに急を要する案件は枚挙に暇がない。閣僚のみならず、約1000人と言われる政治任命の高官たちの承認が待たれているし、1.9兆ドル(約200兆円)のコロナ追加対策法案の審議も急がねばならない。

 新装なったホワイトハウスのホームページでは、バイデン新政権は、①コロナ対策、②気候変動、③人種問題、④経済、⑤ヘルスケア、⑥移民問題、⑦外交の立て直し、の7点を優先課題(Immediate Priority)と位置付けている(参照) 。いずれも待ったなしの懸案ばかりだ。史上最高齢、78歳の新大統領にのしかかる重圧は察するに余りあるものがある。

息詰まる接戦だった大統領選挙

 あらためて、昨年11月3日に行われた大統領選挙の結果を振り返ってみよう。

 バイデン氏と副大統領候補のカーマラ・ハリス氏のチケットは、一般投票で8126万、8867票という史上最高得票であった。これに対してドナルド・トランプ氏とマイク・ペンス氏は7421万、6747票と、これまた史上第2位の得票数であった。その差は約4.45%である。

 この差をどう見るかは諸説ありそうだが、息詰まる接戦と言っていいのではないだろうか。いくら現職大統領が有利な立場であるとはいえ、トランプ氏が前回2016年選挙から1000万票以上も上積みできるとは、少なくとも筆者には想定外であった。

カーマラ・ハリス氏=2020年3月9日、米ミシガン州デトロイト

 選挙人の数でいえば、バイデンが306人で後者は232人である。これを見ると大差であるが、ここには例の選挙人マジックがある。アリゾナ州はわずか1万457票差(0.30%差、選挙人数11)、ジョージア州は1万1779票差(0.23%差、選挙人数16)、そしてウィスコンシン州は2万682票差(0.63%差、選挙人数10)であった。

 これら3州がひっくり返れば、選挙人数はともに269人で両者は同点となっていた計算となる。3州合計でその差はわずか4万2418票。トランプ氏はジョージア州の選挙を管理するラッフェンスバーガー州務長官に電話して、「どこかで1万1780票を見つけてこい!」と凄んだそうだが、確かにそんな気分になるほどの僅差だったのである。

 思えば1年前、昨年2月初旬の米民主党は惨憺たる状況であった。予備選挙の緒戦、2月3日に行われたアイオワ州党員集会では、開票結果の集計アプリに不具合が発生し、誰が勝利者なのかわからない、という不祥事が発生した。若きピート・ブティジェッジ市長(サウスベンド市)と左派のバーニー・サンダース上院議員が接戦であったが、勝利演説の機会がないままに一夜は明け、そのまま投票は「なかったこと」にされた。

 その翌日は一般教書演説が予定されていて、トランプ大統領は例によって言いたい放題、やりたい放題で、たっぷり1時間半かけて自画自賛に終始した。ナンシー・ペローシ下院議長は背後の席で我慢して聴いていたが、最後には手元にあった演説の原稿をビリビリと4回も破ったほどである。

 さらにその翌日の2月5日は弾劾裁判の評決が行われ、トランプ大統領の無罪が確定した。この週末に筆者は、東洋経済オンラインに「トランプ大統領の笑いが日本まで聞こえてくる」と寄稿したものだ 。この時点では、「トランプ再選が濃厚」と見る向きが多数を占めていたはずである。

あえてバイデン氏を選んだ民主党

 こうした中で、民主党内で当初は「弱い候補者」と見られていたジョー・バイデン元副大統領の存在が急浮上する。それまでバイデン氏は何より高齢に過ぎ、失言が多く、候補者討論会ではしばしばやりこめられ、選挙資金の集まり具合でも後塵を拝していた。

 それでも「お人柄」もあって、いくら叩かれても不思議と人気が落ちなかった。なにしろオバマ政権の副大統領を8年間、その前は上院議員を36年間も務めている。新鮮味はないけれども、無視できるような候補者でもなかったのである。

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