メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ヤンゴン市民の怒り、徐々に高まる~緊急リポート「ミャンマー・クーデター」2日目

松下英樹 Tokio Investment Co., Ltd. 取締役

 ミャンマー国軍によるクーデター発生から2日目。ヤンゴン市内では午後8時を期して住民が一斉に鉦や太鼓を打ち鳴らし始めた。SNSを通じて呼びかけられた市民の抗議行動である。表面的には平静が保たれているものの、市民の怒りは徐々に高まってきている――クーデター初日の緊急リポートに続いて、ヤンゴン在住の日系投資会社役員、松下英樹さんが2日目の現地の様子を自ら撮影した動画や写真をまじえて報告する。
松下英樹(まつした・ひでき) ヤンゴン在住。2003年より日本とミャンマーを往復しながらビジネスコンサルタント、投資銀行設立等を手がけ、ミャンマーで現地ビジネスに最も精通した日本人の一人として知られている。著書に「新聞では書かない、ミャンマーに世界が押し寄せる30の理由」(講談社プラスアルファ新書)

(以下はミャンマーでクーデターが発生した2021年2月1日、交通量の少ないヤンゴン市内を筆者が車内から撮影した動画)

クーデター2日目のヤンゴン

 2月2日午前5時(以下、ミャンマー現地時間)に起床。電気も通信も異状ないことを確認し安堵する。

 午前8時、オフィスに向かう。通勤途中の商店は半分くらいが閉店している。交通量は少ない。ほとんどの日系企業が当分の間在宅勤務としているとのこと。

 昨夜午後8時から今朝4時まで外出禁止というのは事実ではなかったが、静かな夜だった。ヤンゴン空港は封鎖されているそうだ。航空管理局から5月31日まで民間機の飛行を停止するとの通達が発せられたと聞き、いよいよ帰国は困難になったと落胆した(後に撤回され貨物便の運航は再開されることとなった)。

 2月にはANAの救援便が4便運航される予定であったが、中止される可能性が高い。とりあえず2月3日の便は欠航が決まったと昨夜大使館から連絡メールがあった。

 日本時間の2月1日夜には外務省海外安全ホームページに「ミャンマー国内情勢に関する注意喚起」が掲載された。

1 ミャンマー国軍は、2月1日、与党「国民民主連盟」(NLD)のアウン・サン・スー・チー国家最高顧問を始めとする政権幹部を拘束した上、国軍放送局を通じ、国の司法・立法・行政の権限が国軍司令官に委譲されたなどとする緊急事態を宣言しました。
2 ミャンマーに滞在中の方は、現地当局の発表や報道等により最新の情報入手に努めるとともに、今後、不測の事態が発生する可能性が否定できないことから、不要不急の外出を控えるなど、安全の確保に努めてください。

 既に9月末から新型コロナの感染拡大防止のため、ずっと「不要不急の外出」を控えているので、これでは危機感が伝わらないと思ったが、大手企業は再び駐在員の帰国を検討し始めるであろう。昨年4月にコロナで一時帰国を余儀なくされ、やっとミャンマーに戻ってきたばかりの駐在員は本当にお気の毒だ。ただし今回は、もっと深刻な事態である。

 午前中はオフィスでスタッフと打ち合わせ。今日から銀行は営業再開するとのことなので、現地通貨を多めに用意するように指示。前日が期限だった税務申告は無事に提出したとのこと。クーデターでも税務署は閉鎖しなかったと聞き、苦笑した。帰宅を早めるために、今日から就業時間は午後4時までとすることとした。

KBZ Bank のATM 普通に利用可能だった=2021年2月3日、ヤンゴン

 ミャンマー人スタッフの情報によれば、前日の夕方以降、通信の復旧とともにSNSに一気に情報があふれた。ほとんどは軍の暴挙を批判するものであり、拘禁されているはずのスーチー氏からとして「クーデターを受け入れずに抵抗するよう」国民に訴えるメッセージが拡散された。

 一方では冷静な対応を呼びかけるものも多く、流血の事態を避けるために軍が仕掛ける挑発に乗らないこと、72時間は事態の推移を見守りデモなどの過激な行動をしないこと、その代わりCivil Disobedience Movement(市民不服従運動)として公務員の職場放棄や国軍系企業の製品、サービスへの不買運動に参加することなどがあった。既に政府が運営する病院に勤務する医者や看護士らが多数辞職したとの情報もあった。

 私の友人たちのフェイスブックへの投稿では「われわれミャンマー市民は現在の動きに賛成しておらず、世界の指導者や国連、世界のメディアに対し、この冷酷な行動からこの国、指導者、国民を救うよう求める」という内容の英文の投稿が目立った。

いつもと同じ市場の風景=2021年2月3日、ヤンゴン

 午後1時30分、所属しているJCCM(ミャンマー日本商工会議所)の流通・サービス部会のオンライン例会に参加。部会長より1月27日に開催された理事会の報告があったが、前日のクーデター勃発で、NLDによる新政権の見通しや救援便の運航状況など、すべてが一変してしまったとのことである。

 午後3時30分、ミャンマー人経営者の友人たちと喫茶店で情報交換。皆一様に落胆していた。「10年前に戻ってしまった」「いや30年前の社会主義時代になる。もっと悪くなるかもしれない」「少なくとも5年は軍政が続くだろう」「また国際社会から孤立する。中国に頼るしかない」「若者たちが気の毒だ」

 午後5時、帰宅。インターネットで情報収集。日本のメディアからの情報もかなり増えているが、ややあおり気味の報道が目につく。在住の日本人からは無謀な取材をして事件に巻き込まれる自称ジャーナリストが現れることを危惧した投稿があった。2007年9月27日、ヤンゴンで軍事政権に対する僧侶・市民の反政府デモを取材中、兵士にカメラを向けたため銃撃され死亡した長井健司さんの件が思い出される。ミャンマー軍は実戦経験豊富である。撃つべき時は撃つ。

 国営テレビが繰り返し流している映像によれば、前日、NLD政権の閣僚(大臣・副大臣)24名が解任され、新たに11名が任命された。経済担当大臣や保健・スポーツ大臣には経験豊富な次官クラスの官僚が抜擢された。軍のメディカルチームがWe are ready と書かれた横断幕を掲げ、コロナ対策も万全であるとアピールしている。さすが軍人、抜け目がない。

新閣僚名簿を報じるMRTV(国営放送)

閣議の様子を伝える2月3日の新聞「The Mirror Daily」
 

 前日未明から拘束されていた要人たちのうち、地方政府の首相たちは次々と解放されている。ただし自宅待機を命じられているようである。今後、地方政府は以前のように各地域の国軍司令官の支配下におかれることになるのだろう。

 一方、国軍とは敵対関係にあった少数民族武装グループは軍政を非難し、スーチー氏らの解放を要求する声明を発表している。

 ミャンマー第二の都市、マンダレーでは午後3時からNLD支持者によるデモが行われるとの噂が広まり、軍の治安維持部隊が中心部の警戒にあたっている様子の映像があった。

SNSを通じて呼びかけられた市民の抗議行動

 午後8時、突然近隣住民が一斉に鉦や太鼓を打ち鳴らし始めた。すわ有事か、と思いカメラを手にしてベランダに飛び出したが、SNSを通じて呼びかけられた市民の抗議行動だった。「悪霊退散」を祈願する伝統的な習慣だそうである。

 奇しくも今日は節分である。日本人の豆まきのようなものだそうだ。しかしクラクションを鳴らし続けながら走り回る車もいて、30分近く続いた騒ぎは尋常なものではなかった。表面的には平静が保たれているものの、市民の怒りは徐々に高まってきていることを強く感じた。(以下は2月2日午後8時、一斉に鉦や太鼓を打ち鳴らして抗議する住民たちの様子。ヤンゴン市サンチャウン地区)

 午後9時、ネピドーの大統領府にてミンアウンフライン司令官と新閣僚による閣議が開催され以下の項目が発表された。

1 11月の総選挙において連邦選挙委員会が認定した結果に対し、公正な立場の者による再調査を行う。
2  新型コロナウイルス感染症の予防接種のために海外に発注したワクチンの空輸をスムーズに行うために飛行許可を含む必要な輸送手段の確保と行動規則の策定を行う。
3 仏教寺院および他の宗教的な場所での参拝や集会について、保健省のコロナ対策規定に従って許可する事。
4 国内の観光業およびホテル宿泊業もコロナ対策規定に従って許可する事。
5  ミンアウンフライン司令官は、NLD政権に対し軍事クーデターの可能性があることを繰り返し警告したにもかかわらず、軍の要求を拒否したため、このような手段を択ばざるを得なかったと語った。

日本政府は軍政とのパイプを生かして

 2月1日、米国サキ大統領報道官は「選挙結果の変更や民主化移行を妨害する試みに反対し、これらの措置が取り消されなければ、責任者に対し行動を起こす」と言明した。

 国連のグテレス事務総長および英国のジョンソン首相らも「(スー・チー氏らの)拘束を強く非難する」と即座に声明を発表した。

 日本政府も「これまで、ミャンマーにおける民主化プロセスを強く支持してきており、これに逆行する動きに反対する。我が国は、ミャンマーにおいて民主的な政治体制が早期に回復されることを、改めて国軍に対し強く求める」との外務大臣の談話を発表した。

 1日には東京でも在日ミャンマー人の集会が開催され、スーチー氏らの早期解放を訴えた。海外在住で、身体的危険が及ばない彼らには頑張って声を上げていただきたい。ただし日本政府に対して厳しい対応を求めないで欲しい。

 日和見主義という批判もあるが、これまで日本はミャンマーを「歴史的に特別な関係」として、民主化を全力で支援しつつ、軍との関係も維持してきた。制裁をちらつかせ、恫喝するような外交はミャンマー軍事政権には通じないことは既に分かっている。隣国である中国が介入しやすくなるばかりで実効はない。

 日本政府には今こそ、軍政とのパイプを生かし、民主化勢力との和解を推進する調停役としての機能を発揮していただきたい。