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データはだれのものか:マサチューセッツ州の住民投票結果がもたらす重い課題

塩原俊彦 高知大学准教授

 2020年11月3日に実施されたマサチューセッツ州の住民投票で、つぎのようなやや面倒な質問が出された。

 「2020年5月5日以前に上院ないし下院で採決がなされなかった以下のような法律に賛成するか」というものだ。その法案の要約は以下のようなものである。

「この提案された法律は、自動車の所有者や独立した修理施設が自動車のメンテナンスおよび修理に関係する機械データへのアクセスを拡大して提供されるよう要請するものである。

 モデルとする2022年から、法案はマサチューセッツ州で販売される自動車メーカーに対して、テレマティクス・システム(機械データを収集し無線で遠隔地のサーバーに送信するシステム)を使用する自動車に標準化されたオープン・アクセス・データ・プラットフォームを装備することを義務づけている。テレマティクス・システムを搭載する自動車の所有者は、モバイル・デバイス・アプリケーションを介して機械データにアクセスできるようになる。車輛所有者の承認があれば、独立した修理施設(メーカーと提携していない)や独立したディーラーは、修理・メンテナンス・診断テストのために車輛から機械データを取得し、車輛にコマンドを送信することができるようになる。」

 まだつづきがあるが、要するに、自動車メーカーと提携していない修理店での自動車修理ができるように「修理権」(Right to Repair)をより広範に認めるかを問うたわけである。住民投票の結果は、賛成が259万9182票、得票率74.97%にのぼり、この法案は賛成多数を獲得した。

 なぜこの住民投票が注目に値するかというと、これが今後、急増するテレマティクス車のような「インターネット・オブ・シングス」(IoT)の利用に伴うデータ所有問題に深くかかわっているからである。そこでここでは、「データはだれのものか」という観点から、世界中で何が問題になっているのかを解説したい。筆者が研究している「世界の潮流」からみて、この問題は人類の将来にかかわる最重要課題の一つであるからだ。

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「修理する権利」の立法化

 まず、比較的わかりやすい修理権から説明しよう。テレマティクス車を修理するために必要なデータをどう収集し、管理・利用すべきかという問題は「データはだれのものか」という問いの一部を形成している。

 修理権については、拙稿「サイバー空間とリアル空間における「裂け目」 : 知的財産権による秩序変容」で論じたことがある。つぎのように書いておいた。

 「アグロビジネスで具体的に問題になっているのは、トラクターの修理である。たとえば ある農民がジョン・ディアのブランドで知られるトラクターの修理をしたいと思っても、 その農民がトラクターの修理・修繕を制限するエンド・ユーザー・ライセンス協定をジョン・ ディア側と結んでいる場合には、農民は勝手にトラクターを修理できない。そもそも勝手 に手を加えると、トラクターそのものが停止してしまう。修理するには、ジョン・ディア 側が認証するサービス業者に依頼するしかない。その場合、高額の費用がかかるだけでなく、迅速な対応を期待でいないという事態が待ち構えている。」

 「こうした状況への不満から、米国の複数の州で「修理する権利」を立法化し、迅速かつ安価に修理を認めようとする動きが広がっている。農業の盛んなカンザス州とワイオミング州では農業機器だけに特化した修理権法が導入されたほか、家電製品全般に適用される法律がイリノイ、テネシー、マサチューセッツ、ネブラスカ、ニューヨーク、ミネソタの各 州で導入された。最近では、19の州議会で「修理する権利」を求める法案が審議中とみられている。IoTゆえに、自分たちの力では修理ができないなどの問題がいずれ電気自動車(AV)などにまで広がりかねないため、その帰趨が注目されている。修理に時間がかかったり、費用が高かったりすることで、「使い捨て」が当たり前になると、それが廃棄物となって巨額の外部費用となりかねないという問題もある。だからこそ、「修理する権利」の確立は重要な意味合いをもっているのである。」

 この修理権は、トラクターであれ、スマートフォンであれ、医療機器や自動車であれ、だれかが製品を購入したら、だれが修理するかは購入者自身で決められるようにすべきだという主張に基づいている。その背後には、所有権がある。購入者に所有権がある場合には、その所有物の修理先をどうするかを所有者が決めるのは当然の権利ということになる。

 他方で、メーカーからみると、自分の製造した製品を独自の方法で修理すれば、自社のセキュリティを守ることが可能となる。しかも、他社との競合を回避できるから、高額の修理費を要求することもできる。加えて、テレマティクス・システムを通じて収集したデータが自社に蓄積されており、これを利用すれば、比較的簡単に修理できる。

 米国では、1975年に制定された連邦法、マグナソン・モス保証法で、メーカーは、オリジナルメーカー以外のサービスプロバイダーを利用したという理由だけで、製品の保証を無効にすることはできないとされた。さらに、2012年制定のマサチューセッツ州法、チャプター93Jでは、テレマティクス車の非診断データへのメーカーのアクセスが制限され、「全米自動車サービスによって使用される安全なデータ・リリース・モデル・システムまたはその他の既知で信頼性が高く受けいれられているシステム」を通じてアクセスされることになった。全米で初めて自動車メーカーのデータアクセス権を制限したことになる。

 2012年11月実施の同州の住民投票で、同州の自動車所有者と独立した修理施設がメーカーの同州のディーラーや認定修理施設と同じ車輛診断・修理情報へのアクセスを義務づけることが賛成多数を得て2013年に立法化された。だが、この際、機械的な情報を無線で送信する自動車は除外されていた。ゆえに、2020年の住民投票に至ったのである。

 そして、賛成が勝利したことで、「標準化されたオープン・アクセス・データ・プラットフォームの装備義務づけ」で、機械データの一部が独立した修理施設にも共有され、修理にいかされることになる。

データを所有しているのは誰なのか

 すでに指摘したように、今回のマサチューセッツ州の住民投票は単に修理権の拡大という問題にとどまらない。だれが車を修理しデータにアクセスできるかという問題だけではなく、そもそもデータを所有しているのはだれなのかという問題でもあるのだ。今後、ますますIoTがそこかしこに広がると、データを収集し管理・利用するという仕組み、すなわち、テレマティクス・システム内蔵の製品があふれるほど、それらが生み出すデータの所有権が問題になる。ゆえに、マサチューセッツ州の住民票結果は今後を

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