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防衛庁5年目、上司から「名刺変えろっ」 自衛隊のあるべき姿めぐり悩む日々

連載・失敗だらけの役人人生② 元防衛事務次官・黒江哲郎が語る教訓

黒江哲郎 元防衛事務次官

自衛隊の「あるべき姿」とは

 しかし、この「あるべき姿」が難問でした。それが何なのかなかなかわからず、その後何度も課長の虎の尾を踏むことになりました。

 その頃、各幕僚監部(防衛庁で自衛隊を管理する陸海空それぞれの「制服組」の組織=編集部注)の中には「自衛隊には有事の際に敵と戦うために必要な権限が与えられていない」とか「国を挙げて有事に対処するために必要な法制や方針が定められていない」というような不満がありました。こうした各幕の考え方に寄り添えということかと思って有事法制の欠缺といった問題を提起すると、「ないものねだりだ」「不平不満ばかり言っていても何も変わらない」と叱責されました。

 また、自衛隊の図上演習シナリオについて「自己満足だ」と叱られたこともありました。当時は、自衛隊に防衛出動命令が下されるまでの一連のプロセスが明確化されていなかったため、演習は「外国が攻めてきたためともかく防衛出動が下令された」というところから始まっていました。課長は、その点を捉えて「そんなのは自己満足で意味がない」と言うのです。

 確かに、防衛出動下令後の行動を訓練することは部隊レベルの戦術技量の向上には有益です。しかし、防衛庁中央のスタッフ機構の演練項目としては物足りません。本来なら、他国軍隊のどのような行動から侵略の兆候を察知するのか、その情報をどうやって防衛庁長官や総理に伝達するのか、防衛庁長官や総理の決断には何が必要か、国会の承認を得るためには何が必要か、それにはどの程度の時間を要するのか、関係省庁とはどうやって調整するのか等々中央ならではの課題についての演練が必要なのですが、いかんせんそうした手順はどこにも定めがありません。

 そこから法制度が整っていないという不平不満につながるのですが、課長が言う通り「国が悪い」と言って思考停止していても何の意味もありません。他方で、実際に法律を整備するには実務的に作業しているだけでは足りず政治レベルの機運の盛り上がりが必要ですが、いわゆる55年体制の下ではそのような機運は到底期待できませんでした。そんなこんなでとてもフラストレーションの溜まる毎日を過ごしていたのですが、新中央指揮システムの仕事に携わるようになってからようやくヒントを得ることが出来ました。

 当時、防衛庁は六本木にあつた庁舎を市ヶ谷に移転しようと計画しており、市ヶ谷新庁舎における中央指揮システムの設計が課題となっていました。

拡大六本木から防衛庁を移転する工事が進む市ケ谷。奥は陸自駐屯地=1993年。朝日新聞社

 当初、私は漠然と統合幕僚会議(かつて陸海空自衛隊の統合運用を担った組織=編集部注)や各幕が部隊運用を行うためのシステムとして考えていたのですが、課長の尾を何度か踏んでいるうちに総理大臣や防衛庁長官の意思決定を支援するためのシステムだと考えるようになりました。部隊指揮官のレベルではなく総理や防衛庁長官が自衛隊の行動についてどうやって意思決定するのか、という点こそが課長の問題意識なのではないかと思い当たったのです。

 本人に聞いても明確な答えは返ってこなかったので私の勝手な解釈だったのかも知れませんが、そうした問題意識で仕事をするようになってからは少なくとも叱られる回数は減りました。

 自衛隊の行動は総理や防衛庁長官の命令に基づくものであり国家の意思を体現するものだという考え方は、今でこそ政府内外に広く共有されていますが、30数年前には防衛庁内でも明確には意識されておらず、各幕と共有するのにも長い時間を要しました。総理や防衛庁長官が自衛隊を動かすというイメージを持つことすら難しいほど、軍事に対する忌避感が社会に蔓延していたのだと思います。

 10余年後に庁舎の市ケ谷移転が完了した際には、我々の議論を踏まえて防衛庁長官や場合によっては総理大臣も活用できるような新中央指揮システムが完成しました。しかし、施設は完成しても、総理の意思決定を支えるスタッフ組織の充実、情報機能の充実強化、統合運用の強化などは依然として課題として残されました。

 平成時代の30年間を通じて、戦略情報を一元的に扱う情報本部の創設(1997年)、政府の危機管理機能を束ねる内閣危機管理監の創設(1998年)、事態対処法制の整備(2003年~2004年)、三自衛隊の指揮運用を一元的に補佐する統合幕僚長及び統合幕僚監部の創設(2006年)、防衛省への昇格(2007年)、そして総理に対する補佐機構である国家安全保障会議(2013年)・国家安全保障局(2014年)の新設、平和安全法制の整備(2015年)などが逐次行われ、総理や防衛大臣が自衛隊の行動について意思決定するために必要な仕組みが整えられました。

 ちなみに、2004年(平成16年)に事態対処法制(有事法制)が整備された当時、この立法作業を担当した内閣官房副長官補(大森敬治氏=編集局注)は私を叱った課長でした。

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筆者

黒江哲郎

黒江哲郎(くろえ・てつろう) 元防衛事務次官

1958年山形県生まれ。東京大学法学部卒。81年防衛庁に文官の「背広組」として入り、省昇格後に運用企画局長や官房長、防衛政策局長など要職を歴任して2017年退官。現在は三井住友海上火災保険顧問

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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