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課長になり高揚も束の間の防衛庁18年目 野中官房長官の叱責、初の臨界事故も起き… 

連載・失敗だらけの役人人生③ 元防衛事務次官・黒江哲郎が語る教訓

黒江哲郎 元防衛事務次官

東海村で日本初の臨界事故

 続いて翌9月には茨城県東海村において東海村JCO臨界事故が発生しました。これは、核燃料加工施設で安全基準を守らずにバケツを使って作業していたところ、誤って核分裂連鎖反応を起こしてしまったという前代未間の臨界事故でした。我が国で初めての臨界事故に直面し、自衛隊は臨界を止めることも出来るのではないかと期待されて対応を求められました。

 確かに、地下鉄サリン事件において活躍した自衛隊の化学防護部隊は、残留核物質や化学物質から乗員を防護出来る気密性の高い化学防護車や汚染された人員・装備を洗い流す除染装備などを保有していました。しかし、これらは全て核兵器や化学兵器などが使用された後の汚染された環境下で安全に行動するための装備で、現に臨界反応が起きていて放射線がどんどん放出されているような場所へ安全に接近できるようなノウハウや装備は皆無でした。

拡大1999年9月、日本初の臨界事故が起きたJCOの施設=茨城県東海村。朝日新聞社ヘリから

 このため最終的には、事業者自身が臨界を止める作業を実施し、自衛隊は東海村周辺で放射線検知や住民の除染活動などに従事することになりました。核兵器や化学兵器を保有していないのですからこれは当然の結果でしたが、これを機に特殊災害への備えの重要性が認識され、放射線が放出されている環境下で自衛隊はどのような行動をすべきかについても検討が開始されました。

 核防護や化学防護と言っただけで「すわ自衛隊は核兵器や化学兵器を保有しようとしている」と批判されるような雰囲気に慣れてきた身としては正直戸惑いも感じましたが、同時に「これはいよいよ何でもありの状況になってきたな」という強い危機感を持ちました。

「プレハブと毛布の一体化論」

 私が運用課長を務めていた2年間は、トルコとインドでの大地震、東チモール独立運動の混乱などにより、国際緊急援助活動のための自衛隊派遣が続いた時期でした。当時の自衛隊はまだ海外派遣について経験が浅く、その都度手探りで対応する状態でした。私自身にとっても初めての事だらけで、様々なところで衝突したり失敗したり叱られたりを繰り返しながら、「求められている結果」を目指して走り続けることとなりました。

 ちょうど東海村原子力事故が発生し陸上自衛隊の部隊が対応していた頃、海上自衛隊はトルコヘプレハブ住宅の部材を運ぶ準備に忙殺されていました。この年8月17日、トルコはM7.6の大地震に見舞われ、1万7000名を超える死者を出し、60万人が家を失いました。日本政府は、地震で住居を失ったトルコの被災民のために阪神大震災の際に仮設住宅として使われたプレハブ(通称「神戸ハウス」)を送ることを決定し、これを国際緊急援助活動として海上自衛隊の輸送艦が運ぶこととなりました。

拡大1999年のトルコ大地震での海上自衛隊による援助物資輸送=防衛省の動画「平成11年 防衛庁記録」より

 輸送準備に明け暮れていたところへ、あるNGOから「備蓄している毛布をトルコの被災民へ送りたいのだが輸送手段が確保できない。ついては神戸ハウスを運ぶ海上自衛隊の輸送艦に一緒に積んで持って行ってくれないか」という依頼がありました。「トルコはこれから冬に向かい寒さが厳しくなるが、神戸ハウスに暖房はついていない。ならばせめて毛布も一緒に配って被災民に暖をとってほしい」というのがそのNGOの想いでした。

 早速実行に移そうとしたところ、法令解釈担当部署から「明確な法的根拠がないのではないか」という意見が出てきたのです。法律上自衛隊が実施できる国際緊急援助活動は、救援、医療、防疫等の活動と「これらの活動に必要な人員・物資の輸送」に限られています。このケースでは、現地でプレハブを組み立てて被災者に提供することが救援活動なので、神戸ハウスの輸送は救援「活動に必要な…物資の輸送」に当たります。他方、毛布がこの場合の「活動に必要な…物資」に当然該当すると言えるか疑問だというのが法令解釈担当部署の見解でした。

 私自身も以前に法令解釈を担当した経験があったので、その見解はある程度理解出来ました。自衛隊は実力組織であり、出動に関する法手続きは特に厳格に遵守する必要があります。まして海外での活動となれば、慎重な上にも慎重を期さなければなりません。当時は前年にハリケーンで被害を受けたホンジュラスヘ初めての派遣を行ったばかりで、国際緊急援助活動については未だ若葉マークの段階でした。活動経験が乏しく万事に慎重な対応をとっていた時期なので、いきおい法律も厳格に解釈していたのです。

 しかし、トルコヘ毛布を運ぶことは、誰かに対して実力を行使するようなものではないし、誰かの権利を制限するような行為でもありません。むしろ、私には「輸送艦には毛布を積む十分なスペースがあるし、運べばNGOも助かるし、何よりもトルコの被災民も喜ぶだろう。誰も困らず、むしろ皆が喜ぶのだから野党からもマスコミからも批判されるはずがないし、むしろこれを実行しない方が批判される」と感じられました。

 このため、毛布の輸送は輸送艦の余ったスペースを活用して行うものであり法的効果のない事実行為であるという「事実行為・余席活用論」や、毛布はプレハブ住宅で使う暖房用品であり神戸ハウスと一体のものであるという「プレハブと毛布の一体化論」などを主張し、何とか法令解釈担当部署を説得して実施に漕ぎつけました。当然、どこからも批判はされず、毛布は無事にトルコヘ届けられました。


筆者

黒江哲郎

黒江哲郎(くろえ・てつろう) 元防衛事務次官

1958年山形県生まれ。東京大学法学部卒。81年防衛庁に文官の「背広組」として入り、省昇格後に運用企画局長や官房長、防衛政策局長など要職を歴任して2017年退官。現在は三井住友海上火災保険顧問

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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