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潜没潜水艦がもうすぐ領海侵入! 寝間着のまま動転、発令が遅れた海警行動

連載・失敗だらけの役人人生④ 元防衛事務次官・黒江哲郎が語る教訓

黒江哲郎 元防衛事務次官

領海通過後に中国原潜と確認

 それらの疑間を防衛庁に確認しつつ関係者に連絡するのですが、「こちらは武器を使用することがあり得るのか」「誤解されたり反撃されたりする危険はないのか」などと次々に疑間を突きつけられて、それをまた防衛庁に問い合わせるという繰り返しで、時間ばかりがいたずらに過ぎて行きました。自宅の布団で電話を受けて飛び起きてからとるものもとりあえず関係先への電話連絡を始めたのですが、状況確認の電話も頻繁に入り、ハブとなっていた私は着替えをする暇もほとんどありませんでした。

 こうして政府内の連絡調整は混乱を極め、総理ご自身に対応案が報告されるまでにはずいぶん時間がかかってしまいました。報告を受けた総理(小泉純一郎氏=編集部注)は即断され、すぐに海警行動が発令されたのですが、その時には潜水艦は既に我が国領海を通過してしまった後でした。それでも命令を受けた自衛隊は直ちに対応し、相手が中国の原潜であることを確認しました。後日、その成果をもとに中国に対して外交ルートで抗議を行い、中国は最終的に遺憾の意を表明するに至りました。

拡大潜水艦による領海侵犯事件で中国の程永華・駐日公使(右)に抗議する町村外相=2004年11月12日、外務省。朝日新聞社

反省からマニュアルを整備

 外交的には一定の成果はあったと言えるかも知れませんが、自衛隊の行動ということについて言えば、潜水艦の領海侵入時に速やかに海警行動を発令すべきところを領海通過後に発令するという大失態を演じてしまった訳です。この失敗には、組織的な問題と私自身の対応の問題という二つの原因がありました。

 組織的な面では、潜没潜水艦事案への具体的な対応要領が関係者の間で共有されていなかったということに尽きます。既に触れた通り、潜水艦への対処措置等に関する基本的な確認・共有が全くなされておらず、訓練も行われていませんでした。さらに、この事案ではとりあえず内閣官房の私が中心となって調整が始まったのですが、本当のところ内閣官房と防衛庁のどちらが発令のための調整主体になるのかという点すら明確ではありませんでした。

 加えて、潜水艦の最大の特徴は隠密行動であるため、彼我双方の潜水艦の行動情報は最高度の秘密とされており、安危室の私に対しても入域直前まで伝えられませんでした。その頃はまだ特定秘密保護法も制定されておらず、機微な情報への適切なアクセスコントロールも行われていなかったのです。

 この一件の後、内閣官房が中心となって情報伝達要領や海警行動発令のための調整要領などを定めたマニュアルを整備し、訓練も実施するようになりましたので、このような失敗は二度と起こらないと自信を持って断言します。

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筆者

黒江哲郎

黒江哲郎(くろえ・てつろう) 元防衛事務次官

1958年山形県生まれ。東京大学法学部卒。81年防衛庁に文官の「背広組」として入り、省昇格後に運用企画局長や官房長、防衛政策局長など要職を歴任して2017年退官。現在は三井住友海上火災保険顧問

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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