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防衛官僚の3Kは「企画」「紙」「共感」 小泉首相に「国民は理解できないよ」と言われ… 

連載・失敗だらけの役人人生⑥ 元防衛事務次官・黒江哲郎が語る教訓

黒江哲郎 元防衛事務次官

勉強と経験から…第一のK「企画」

 この3Kサイクルは、課題に対応した適切な政策案を企画する(考える=第一のK)ことから回り始めます。政策を企画するのに必要な特別なコツはありません。「勉強」と「経験」が必要なだけです。防衛政策部門に勤務する職員たちは、みんなこのことを知っているはずです。このため彼らは、担当分野に関係する様々なことを勉強し、実務に取り組んで経験を積み重ね、時に徹夜も休日出勤も厭わず努力しています。

拡大東京・市ケ谷の防衛省=2020年。藤田撮影

 一つだけ付け加えるとすれば、「物事をありのままに見ることが大切」だという点です。防衛政策や安全保障政策は、生きて動いている国際情勢を相手にする仕事です。これに対応するためには、対象を冷静かつ客観的に観察することが必要不可欠です。単純な事のように聞こえますが、最初からこうした物の見方を出来る人はそう多くないように思います。

 私自身も先入観や希望的観測、楽観や悲観に左右されて、「物事をありのままに見る」ことがなかなか出来ませんでした。51大綱(1976年策定の防衛計画の大綱=編集部注)の見直し作業の際には冷戦終結後の国際構造を無理に自分が慣れ親しんだ予定調和的な物差しで測ろうとしたり、沖縄問題では基地周辺住民の意思を一面的に解釈しようとしたり、多くの失敗を繰り返しました。

 結局、「物事をありのままに見る」ことの大切さがわかったのは、現役時代も残り少なくなった頃でした。ここでも「勉強」と「経験」が大切なのだと思います。

「ララバイ」からの脱却

 3Kサイクルの起点となる第一のKが大事なことは当然ですが、政策は案を企画するだけで実現される訳ではありません。行政機構は複雑で関係部署が多く、一つの政策を作り上げ実施していくためには他の部署の理解と協力が不可欠です。さらに、重要な政策であれば、最終的に立法府の了解を得ることも必要となります。

 第三のK、つまり自分が立案した政策について関係者の「共感を得る」ことが出来なければ、いくら良い政策であっても実現できません。そのためには、わかりやすい紙を作ること(=第二のK)も大切です。これら三つのKは相互に深く結びついているとともに、三つ全てが等しく重要なのです。

 若い頃はこのことを全く理解しておらず、政策作りには文字通り倒れるほど集中する一方で、プレゼンは「単なる言いぶりに過ぎない」として軽視していました。これは私だけでなく、当時の内部部局全体がそんな雰囲気だったように思います。政策の内容と自分の思考過程を淡々と伝えることが「説明」だと思っていたので、私の説明を聞く相手はよく寝落ちしていました。口の悪い先輩から「黒江ララバイ(子守歌)」とからかわれたりもしたのですが、一向に意に介さず「自分の声が低いので他人の副交感神経に働きかけて心地良くしてしまうからだ」などと冗談を言って受け流していました。

 そんな中、1993年(平成5年)の通常国会を控えた1月のある日、前年末に閣議決定されたばかりの中期防の修正について国会の調査室に説明するという仕事が入りました。調査室は、国会議員の立法活動を補佐する組織です。ここでの説明は議員の質問に直結するので、私は少なからず緊張し、気合いを入れて説明に臨みました。

 ところが、話し始めた直後から、テーブルに座ったメンバーが目の前で一人、また一人と眠りに落ちていくのです。決してオーバーな表現ではなく、15分ほどたった頃には10数人の出席者の7割方が眠り込んでいました。昼食直後の午後1時からという不幸な時間帯ではありましたが、さすがにこの出来事にはショックを受けました。

※写真はイメージです

拡大会議で居眠りする国会議員たち=1987年、東京・永田町。朝日新聞社

 そこでようやく自分の説明ぶりに問題があるのではないかと思い当たり、説明内容や使っていた資料などを点検してみました。その結果、自分が単調でメリハリのないとても退屈な話をしていたことに気づかされたのです。これ以後、「ララバイ」からの脱却を目指して、相手を眠らせないようなストーリー構成や資料の内容、説明の切り口などについて工夫を重ねる日々が始まりました。

 もちろん、思い立ったからと言ってすぐに退屈な説明ぶりが改まる訳もなく、思いつくままに数字を強調したりポンチ絵を多用したり様々なことを試しました。先輩や同僚が行う説明ぶりに対しても、「わかりやすさ」という観点から関心を持つようになりました。

 防衛大綱を解説するテレビ番組の中で演習場に実際に隊員を並べ、自衛隊の充足率の低さを可視化しようとしたある先輩の試みには目を引かれました。また、(米国同時多発テロを受けた「テロとの戦い」で多国籍軍への給油のため=編集部注)インド洋に派遣された艦艇の甲板で目玉焼きを作り、隊員の勤務環境の厳しさを訴えたある後輩のアイディアなども大きな刺激になりました。

 この30数年の間に我が国を取り巻く安全保障環境は大きく変化し、多くの人々が国防や安全保障に関心を有するようになりました。以前のように、少数の専門家だけが理解して議論していれば良いという時期は過ぎたのです。安全保障・防衛政策の立案に携わる者は、出来るだけ多くの人々の理解と共感を得られるようにわかりやすい説明に努めていかなければならないと思います。

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筆者

黒江哲郎

黒江哲郎(くろえ・てつろう) 元防衛事務次官

1958年山形県生まれ。東京大学法学部卒。81年防衛庁に文官の「背広組」として入り、省昇格後に運用企画局長や官房長、防衛政策局長など要職を歴任して2017年退官。現在は三井住友海上火災保険顧問

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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