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「三巨頭vs.防衛庁長官」事件発生! 仕事はすべて板挟み 

連載・失敗だらけの役人人生⑨ 元防衛事務次官・黒江哲郎

黒江哲郎 元防衛事務次官

「都庁へ机を持って行けっ」

 全く予想できない形で最低最悪の板挟みに遭ってしまったのは、防衛庁で運用課長になりたての頃、1999年(平成11年)の夏のことでした。

 毎年9月1日は関東大震災にちなんで防災の日とされ、国も都道府県も一斉に防災訓練を行います。特に、阪神淡路大震災の際に自治体と自衛隊との連携の重要性が脚光を浴びて以来、ほぼ全ての地方自治体が自衛隊と合同で防災訓練を実施するようになっていました。東京都とその周辺の主要自治体も政府と連携しながら毎年実動訓練を行い、自衛隊もこれに参加していました。

 この年4月に新たに就任した都知事(石原慎太郎氏=編集部注)は自衛隊の活用に極めて熱心で、自衛隊の大々的な参加を得て従来よりもはるかに大掛かりな実動防災訓練を都内で実施したいと考えていました。同年8月のある晩、都知事は大勲位の元総理(中曽根康弘氏=編集部注)とともに時の内閣総理大臣(小渕恵三氏=編集部注)と会食した際にこの件を話し合い、翌2000年(平成12年)に自衛隊も参加する実動形式の大規模防災訓練を都内で実施するとの構想を打ち出しました。

拡大(右)1999年9月25日付の朝日新聞朝刊の記事。(左)同年に記者会見する石原慎太郎・東京都知事=朝日新聞社

 報道各社は一斉に飛びつき、早速その晩に「都内で自衛隊も参加する大規模防災訓練実施へ」というニュースが流されたのです。新米運用課長の私は、このニュースを聞いて「これは来年に向けて忙しくなるなあ」と漠然と思っただけで、この件のもう一つの側面には全く思いが至りませんでした。それは、「面子」という厄介な問題でした。

 本件の発案者が、熱心な自衛隊活用論者の都知事だということは報道からも明らかでした。自衛隊の最高指揮官は総理ではありますが、防災訓練への参加についての担当閣僚は防衛庁長官です。本件は、都知事が防衛庁長官の頭越しに勝手に総理と直談判してマスコミに打ち上げたという構図になってしまったのです。どんな人でも頭越しにいきなり上司との間で直取引をされたら良い気持ちはしないし、怒り出す人も多いでしょう。まして大臣は政治家なのですから、推して知るべしです。

 さらに私にとって具合が悪かったことに、この構想は既に東京都の防災担当から運用課へ内々に伝達済みだったのです。しかし、翌年の案件だったこともあり、そのうちに公表時期などについても事務的に事前調整があるのだろうと思い込んでいたため、大臣への報告はなされていませんでした。

 よく考えてみれば、本件は政治家である都知事のアイディアなのですから、事務的調整なしに突然公表される可能性は十分にあつた訳です。そこに思いが至らずに、都からの耳打ちをそのままにしておいたのは迂闊でした。

 このため、報道の後におっとり刀で説明に駆けつけた私は、防衛庁長官から「都庁へ机を持っていけえっ」と厳しく叱責されました。自分に説明もしないで都とよろしくやっているのなら、という意味だったのでしょう。

 しかし、自衛隊が防災訓練に参加すること自体は防衛庁にとっても悪い話ではないし、三巨頭が一致して推している以上は行政的にも政治的にも待ったがかかる理由はありません。その意味するところは、大臣の面子は一向に回復されないまま、翌年の大規模実動訓練に向けて準備が進み始めるということです。

 ここに至って事柄の重大性と筋の悪さに気づいて青くなった私は、庁内の幹部や自民党関係者などに善後策を相談してまわったのですが、相手が三巨頭ということもあってか残念ながらどこからも良い知恵は得られませんでした。それどころか、「都知事は強烈だぞ。お前、グズグズしてないで早く大臣に鈴をつけないと大変なことになるぞ」とカツを入れられる始末でした。

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筆者

黒江哲郎

黒江哲郎(くろえ・てつろう) 元防衛事務次官

1958年山形県生まれ。東京大学法学部卒。81年防衛庁に文官の「背広組」として入り、省昇格後に運用企画局長や官房長、防衛政策局長など要職を歴任して2017年退官。現在は三井住友海上火災保険顧問

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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