阿部 藹(あべ あい) 琉球大学客員研究員
1978年生まれ。京都大学法学部卒業。2002年NHK入局。ディレクターとして大分放送局や国際放送局で番組制作を行う。夫の転勤を機に2013年にNHKを退局し、沖縄に転居。島ぐるみ会議国連部会のメンバーとして、2015年の翁長前知事の国連人権理事会での口頭声明の実現に尽力する。2017年渡英。エセックス大学大学院にて国際人権法学修士課程を修了。琉球大学客員研究員。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
2月16日、インターネットで無料公開
「人類館」の企画を事前に知った清国の留学生は抗議の声をあげ、「支那人」の展示は外交問題に発展することを恐れた外務省によって中止された。さらに3月10日の開館後すぐ、大韓帝国の公使からの抗議を受け「朝鮮人」の展示も止められた。しかし、そのほかの人びとは実際に「展示」されるに至った。その中には琉球の二人の女性が含まれていた。
当然ながら沖縄からも抗議の声が上がった。地元の新聞社は「同胞に対する侮辱」と題した抗議の社説を掲載、抗議の大キャンペーンを張った。しかしそれらは主に「(二人の女性が遊郭の娼妓であったことから)娼妓である女性を沖縄代表にしたこと」「アイヌ民族や台湾の先住民族と同列に見世物にされた」ことへの抗議であった。つまり、“立派な日本国民の一員である琉球人という自己認識”にそぐわない「展示物」についての抗議であり、背景には女性差別、職業差別、そして同化政策によって植え付けられた内地の日本人に対する劣等感と、その裏返しとも言える周辺民族に対する優越感と差別意識があったと指摘されている=参照『人類館 封印された扉』(演劇「人類館」上演を実現させたい会編著)。
「喜劇 人類館」は、この入れ子状の差別意識を「調教師ふうな男」「陳列される男」「陳列される女」のたった3人の登場人物で見事に描いている。陳列される男から陳列される女に向けられる侮蔑。「調教師風な男」が隠し持つ苦悩。陳列される男が、いつの間にか調教師風な男になり繰り返される差別。誰しもが持つ「差別する心」が立場を変え、方向性を変えては現れて、観る人の心を揺さぶる。
今回の上演を企画したのは、戯曲の作者、知念正真の娘・知念あかねさんだ。バイオリニストであるあかねさんは、父の七回忌を機に上演を決意。県と沖縄県文化振興会による「沖縄文化芸術を支える環境形成推進補助事業」に戯曲の上演と交流イベントを実施するプロジェクトとして応募し、これが採択されたことから今回の公演が可能になった。あかねさんにその思いを聞いた。
――今年上演を決意したきっかけは?
「7年前に父が亡くなって以来、ずっと『あなたがやらなくてはいけない』と言われていた。少しずつ準備を進めている中で初代の調教師ふうな男を演じた方が亡くなった。そしてずっと私にやってほしいと声をかけてくれていた女性の劇団員さんも亡くなった。人類館は父の劇団(劇団創造)の芝居で、ずっとその劇団がやっていたけれど、高齢化もあり、このままでは埋もれてしまう、という危機感から私がやるしかないと思いました」
――以前の公演とは違い、今回はタイトルに「喜劇」が入っている。その理由は?
「私は父から「人類館は喜劇だ」ってずっと聞かされていたので自然に「喜劇 人類館」とつけたんです。そしたら後から劇団創造の役者さんから(以前と違って今回は)喜劇とつけたんだね、と指摘されて初めて気がつきました。でも私が今やるのなら、今までと同じでは意味がないので、喜劇らしい笑いを大事にしたいと思っています」
笑ってほしい、楽しんでほしいという想いは演出を引き受けた上江洲朝男さんにも共通している。
「1970年代にこの作品が沖縄で上演された時は、観客はケラケラ笑っていたそうです。昔、差別用語は頻繁に言い合って普通だったけど、今の社会はそういうことに気を使わなければいけない社会。でも差別的意識や偏見は実はみんな持っていて、それを表に出さないだけ。コロナ禍にあって、また差別とか偏見が頭をもたげているように。だから差別を『あってはならない、笑ってはいけない』ものにするのではなくて、それとどう向き合うかが大事だと僕は思う。ケラケラ笑った後で、あれ?と引っかかって考えてもらえれば良いと思っている」
とはいえ、本土出身者の私は稽古を見させてもらった時に笑う余裕はなく、胸が詰まる思いをした。というのもこの芝居は人類館を入り口にして、タイムトラベルのように観客を沖縄の人々が共同体として共有しているとも言える歴史の場面に送り込むからだ。観客は沖縄戦で日本兵に赤ん坊が殺される場面を目撃し、戦後の米軍統治時代に売春を生業にした女性の優しい言葉と苦しみを聞く。かと思うと沖縄戦の混乱の中、手榴弾で自決しようとする場面を目撃する。途中には、ほぼウチナーグチだけで会話が交わされ、意味がわからない場面もある。時間軸や役柄が入り乱れることに混乱しながらも、沖縄という場所が持つ歴史の深淵を覗き見て、ゾクっとするような恐ろしさを体験する。
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