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新型コロナウイルスが掘り崩した「景気依存」「自己責任」社会の基盤

支え合いの経済政策が日本経済の活路を拓く

田中信一郎 千葉商科大学基盤教育機構准教授

 1973年のオイルショックで高度経済成長が終わって以降、常に景気が経済政策の中心テーマであり続けている。バブル経済の最中であっても、地方の景気が問題にされるほどであった。例えば、竹下登内閣によって地域の活性化を目的にした「ふるさと創生1億円事業」が展開されたのは、1988年のバブル経済の絶頂期であった。

 これは、人々の生活基盤が景気によって左右される「景気依存社会」と化しているためである。景気依存社会とは、好景気であれば生活が楽になり、不景気であれば生活が苦しくなる社会で、人々が常に好景気を求めざるを得ない社会である。

新型コロナウイルスが掘り崩す景気依存社会の基盤

 景気依存社会となっているのは、好景気、すなわち平時を前提にして社会システムが組み立てられているからだ。年金や健康保険、失業保険など、万一の時の社会保障も、その例外でない。好景気が永続し、経済成長と人口増加が続き、国内外の社会に大きな問題が起きなければ、人々の生活を支える社会システムは問題なく機能する。だからこそ、国政選挙の争点で常に景気が上位に位置するように、人々はいつどの政権に対しても景気回復を期待する。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済活動の抑制は、景気依存社会を根底から揺るがしている。人々の生命を守るために人為的に不景気をつくり出す一方、不景気によって生命を脅かされる人々が出てきている。とはいえ、景気の落ち込みを恐れ、強引に経済活動を再開したアメリカでは、それによって再び感染拡大を招いてしまった。日本でも、政府の経済対策をきっかけにした移動の増加が、感染拡大を招いたとの分析(西浦博京都大学教授)が示されている。

閑散とした浅草・仲見世通り=2020年12月28日、東京都台東区

 定額給付金をはじめとした政府の様々な対策も、景気依存社会であることの裏返しである。失業したり、所得を大幅に減らしたりした際、支えとなる社会システムを整えていれば、その予算額や制度を拡充すれば事足り、速やかに支援を提供できる。けれども、日本では多くの場合、ゼロから制度設計して支援せざるを得なかった。審査にかかる時間を犠牲にしてでも、当座の資金を速やかに提供する役割の定額給付金ですら、決定から給付まで1~3カ月かかった。

 これまでの国家方針「国家重視・自己責任」は、人々の生活基盤に占める市場の割合を高めることで、人々の景気依存を強めてきた。戦前に生活基盤の多くを家族と職場に委ねてきた日本は、戦後の日本国憲法の下で、徐々に公共サービスの占める割合を高めてきた。人々の生活基盤に対するニーズも、経済成長と生活向上に伴って拡大してきた。それによって世界一の長寿国が実現した一方、高度成長の終焉と共に、ニーズの伸びに対して、公共サービスの伸びを抑え、その分を市場に委ねるようになった。いわゆる新自由主義である。

 ところが、市場化された生活基盤の脆弱さが、世界金融危機(リーマン・ショック)やコロナウイルスの感染拡大で明らかになった。それがもっとも必要とされる肝心の不景気や危機の際には、十分に機能しないのである。

 要するに、新型コロナウイルスの感染拡大は、景気依存社会と背景にある「国家重視・自己責任」の国家方針の限界を完全に露呈させた。この限界は、世界金融危機でいったん明らかになったが、その後の救済措置と世界的な金融緩和によって、うやむやにされてきた。それが、感染拡大に伴う人為的な不景気の創出によって、再び明らかにされたのである。

ベーシックサービスで個人消費の潜在力を大きく引き出す

 バブル経済の崩壊後、GDPの6割前後を占める個人消費の弱さが常に経済の課題となってきた。1998年の金融危機や2008年の世界金融危機はもちろんのこと、相対的に景気が好調だった時期でも、個人消費の弱さが問題となってきた。例えば、世界金融危機の前の2007年の『経済財政白書』は、景気分析において「実感の乏しい景気回復」として家計部門への波及の弱さを問題視している。また、2019年の『経済財政白書』は「良好な雇用・所得環境を背景に消費は持ち直しを続けているが、雇用・所得環境の改善に比べると個人消費の伸びは緩やかにとどまっている」との見解を示している。

 これは「国家重視・自己責任」の国家方針に基づき、生活基盤の市場化を促進してきたことの帰結である。生活基盤の市場化が、一部の人々に過大な利益を生む一方、多数の人々の所得を過少にしたからだ。典型例は1999年の法改正によって認められた「派遣労働の自由化」で、パソナに代表される人材派遣業界の成長をもたらした一方、賃金の抑制傾向に拍車をかけることとなった。

 この国家方針に基づく経済政策では、論理的にも現実の結果としても、個人消費の潜在力を引き出せず、経済を安定化することはできない。高所得層の所得をさらに高めても、その分を消費に回すことはほとんどない。一方、低所得層の所得を高めれば、その大半を生活必需品の消費に回す。現在の国家方針は、この限界消費性向の考え方に反する。

 よって、国家方針を「個人重視・支え合い」に転換することは、日本経済の課題からすると喫緊の要請である。公共によって、人々に遍く生活基盤を提供し、実質的な所得を高めることで、個人消費を引き出せる

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