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カマラ・ハリスが米国大統領になる未来

バイデン・ハリス政権のアメリカ~ハリス副大統領就任が示唆する次世代の米国社会

佐藤由香里 (株)日本総合研究所 国際戦略研究所 研究員

「カマラ・ハリス副大統領」が示唆するもの

 カマラ・ハリス氏(56)は、初の女性かつ多国籍バックグラウンド(ジャマイカ人の父およびインド人の母)を持つ人物として、米国副大統領に就任した。

 2020年民主党大統領選予備選に出馬後早々に撤退したものの、そのカリスマ性と長年のパブリック・サービス(カルフォルニア州司法長官等)での経験、政治手腕(特に鋭い尋問能力)、中道寄りの政治スタンス、加えて黒人女性というアイデンティティが買われ、副大統領候補として白羽の矢が立った。2016年に連邦上院議員として初当選し、1期目を満了しない内に副大統領および上院議長(兼任)に就任するというスピード出世だ。

拡大カマラ・ハリス氏

 2月5日、米議会上院では1兆9000億ドルの新型コロナウイルス救済法案の予算決議が共和・民主党で賛成50、反対50で二分した。そこで上院議長を務めるハリス副大統領が賛成票を投じ、与党民主党単独での巨大の新型コロナ救済法案が可決されたわけだが、ハリス副大統領は就任2週間程度で、早速上院議長(タイ・ブレイカー)として初の決定票を投じることとなった。

 近代米国で最も決定票を多く投じた米副大統領はマイク・ペンス前副大統領で、4年間の任期中計13の決定票を投じている。今回、ハリス副大統領は既に2つの決定票を投じており、今後も頻繁に法案議決を左右するキーパーソンとなることが予想される。副大統領としては異例なほどの注目度だ。

秘める2つの「役割」

 アン=マリー・スラウタ―氏(国務省・元政策企画ディレクター)は、ハリス副大統領が秘める可能性についてポリティコのインタビューに対しこのように述べた。

 「ハリス氏は、国内と国外において2つの重要な役割を背負っている。1つは“橋渡し役”としての役割。トランプ前大統領は、黒人と白人の間で大きなモラルの分断をもたらしたが、ハリス氏は自身の人種マイノリティとしてのアイデンティティ、元検事という知見を活かし、法と秩序に則った人種と政治の分断への橋渡しを可能にするだろう。もう1つは、国際社会に向けて『新たな米国』を発信する役割。バイデン大統領が豊富な経験を活かし積極的に外交手腕を発揮していく中、ハリス氏は国際社会に向けて『新たな米国』を発信する役割を担う。ハリス氏は、米国は全ての大陸と人々の多様性を繋ぎ生かすことが出来る国家、とのメッセージを国際社会に発信するための『象徴』としての役割を背負っている」(ポリティコによるインタビュー概訳)

高まる期待と圧力

拡大

 ハリス氏の副大統領就任は、特に人種マイノリティの人々や女性のエンパワメントの観点からすると巨大なターニングポイントだ。

 コロナ禍では黒人の死亡率が白人の4倍近くに至るなど、巨大な構造的人種差別の実態が浮彫になった。そうした人種マイノリティや女性にとっては、精神的に大きな希望と成長の伸びしろを与えることとなる上に、政治心理的には、例えば党指導者・支持者・献金者・活動家からの評価が高まり、更なるリーダー誕生への期待や援助が高まるなど、女性の地位が更に改善される可能性を秘めている。

 国内で「女性大統領の誕生は時間の問題」といった認識が高まっていくであろう。一方で、それが故にハリス副大統領に対するプレッシャーも多方面から激しく高まる。特に、革新左派と保守派の双方からのプレッシャーは大きいだろう。

革新左派・社会団体からのプレッシャー:トランプ政権からの揺り戻し

 国内の言論の動きをフォローしていると、人種マイノリティ、移民、女性への司法制度、選挙権、社会保障制度の改革や、コロナ救済措置の拡充、更に環境保護団体や国際保健などの分野において、トランプ政権からの“揺り戻し”が相当強まっている。既にバイデン大統領はかかる領域において多くの大統領令等に署名しているが、いわゆる急進左派からは「もっと左へ」といったメッセージがSNS上でも拡散されており、特にハリス副大統領に対する直接的な訴えの声も多く聞かれる。

保守派からのプレッシャー:「女性蔑視」と既得権益層

 デンバー大学セス・マスケット教授(政治学専門、白人男性)は筆者のインタビューに対し、「カマラ・ハリスが副大統領/上院議長に就任したことは、一部の男性議員にとっては“脅威”に映るだろう」と述べた。

 2016年大統領選のヒラリー・クリントン氏敗北に大きく影響した決定要因が“ジェンダー”であったとの調査でも明らかになったとおり、米国政治には男尊女卑意識は未だ根強い。恐らく今後ハリス副大統領に対しても、議会内外の保守派による反発が起きることは大いに考え得る。

 更にバイデン政権の積極的な人種問題への取組みは、「支持基盤への迎合」といった批判、また白人至上主義を糾弾するメッセージは「白人の排斥」といった反発も随所で聞かれる。ハリス副大統領が今度更にタイ・ブレイカーとしての決断を迫られる時、いかにアイデンティティ・ポリティクスに陥らず、広い意味での「結束」を決断軸にしていけるか。そしてそれを如何に周囲に説得していけるか、という点が鍵になると考えられる。

(※政治では情緒的雰囲気が「怒り」に切り替わった時、相手の「ジェンダー」は、人々の権威意識や党派意識、投票行動等に影響する強い要素になり得るという研究も発表されている。これは日本でも大いに通じるところがあるかも知れない)


筆者

佐藤由香里

佐藤由香里(さとう・ゆかり) (株)日本総合研究所 国際戦略研究所 研究員

カルフォルニア州立大学で学士号(国際関係論)、ワシントン・セントルイス大学で理学修士号(公衆衛生学・MPH)取得。米国中西部の地域病院プロジェクトマネージャー、在米デンバー総領事館専門調査員(政治・経済・広報文化)など8年間の米国生活を経て2019年7月に帰国。同8月より現職。注力テーマは米国の内政・選挙、公衆衛生、社会問題。国際戦略研究所ウェブサイト『考』に分析レポートを掲載。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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