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福島の甲状腺検査の倫理的問題を問う(第一部)「0~18歳まで全員検査」が引き起こしたこと

細野豪志 衆議院議員

甲状腺検査はなぜ行われたのか

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細野  改めて、皆さんのご尽力に心より敬意を表します。それがなければ県民の安心も到底得られなかったわけですから。

 2011年も夏から秋頃になり、原発の状況がやや落ち着いたところで、「急場は何とか凌いだけれど、長期的に見た時に健康被害はないのだろうか」という声が福島県内で大きくなってきました。そこでスタートしたのが県民健康調査事業でした。

 その頃に私は、原発事故収束担当大臣と環境大臣を兼務することになったんです。その事業の中心に位置付けられたのが、チェルノブイリで「増えた」とされていた甲状腺がんに関わる検査でした。緑川先生は当初からこの検査に関わっておられたということですが、甲状腺検査が始まった経緯について、お聞かせいただけますか。

緑川  私は、検査が始まる経緯やその意思決定には関わっていません。福島医大では小児科と公衆衛生、甲状腺外科学のそれぞれの教授、そして山下先生が中心になって福島県と相談しながら甲状腺検査の事業計画を立てられたと私は認識しています。

細野  実際の検査は2011年の10 月頃、0歳から18歳までの子供と若者を全員検査するところからスタートしましたよね。検査数を見ると対象者は36 万人にのぼりました。

緑川  最初の一巡目は対象者36万人で始まったのですが、その後、原発事故当時にお母さんのお腹にいたお子さんも二巡目から加えることになり、38万人が対象とされました。

細野  その時、最前線はどういう状態だったんですか。想像するに、聞き分けが良い子供もいるだろうけど、事故当時の胎児も含めての検査となると本当に大変なことだったと思います。

緑川  当時は検査を受けに来る人たちが会場に殺到する状況で、1日に1000人を超える日もありました。5人から6人の検査担当者が、その人数をとにかく機械的に検査し続けた感じです。基本的に検査は無痛ですが、喉元に機械を当てられることに強い恐怖感を持つお子さんもたくさんいました。検査を嫌がって会場で泣き声があがることは本当によくありました。

細野  それこそ0歳児なんて、まだ会話もできないわけだから、大変な状態だったと思います。検査にはどのような心構えで臨まれたのですか。

緑川  とにかく、やらなければならないという使命感でしょうか。私は内分泌という甲状腺を含む領域を専門とする内科医ですし、当時は「たとえ事故で影響が出るような被曝はなかったとしても、病気が増えないことを検査で証明することが住民の安心のために役に立つ」と信じていたところもありました。ただ、検査をすれば所見が見付かるケースもある程度は増えると事前に思っていましたが、まさかこんなに見つかるとは予想していませんでした。

細野  一回目の検査で悪性ないし悪性の疑いと116人が診断された。これは意外な数字でしたか。

緑川  そうですね。多いと思いました。

細野  こういう無症状の人まで対象にした包括的な検査というのは、原発事故前には前例がほとんどなかったわけですからね。

緑川  チェルノブイリでの特定地域を除けば、そもそも甲状腺がんに対して地域の全住民を対象にしたような、特に無症状の若い人や小児を対象にした検査は今までされてきませんでした。少なくとも福島の周辺では、当時の高名な甲状腺専門家も含め、「こんなに高い比率で甲状腺がんが潜在している」と予見していた人は誰もいなかったと思います。

細野  「被曝とは全く無関係に、もともと甲状腺がんは高い比率で潜在していた」ことを疑わせる結果が出てきたわけですね。福島から遠く離れた青森県、長崎県、山梨県の3県でも、4000人を超える健康な子供たちを対象とした比較調査が実施されましたが、3県と福島との間にも統計上の有意差は見られなかった。

緑川  そうです。ただ、3県調査の当初の目的は、福島での嚢胞(A判定の中でも「A2」とされた判定の人)が非常に多かったことで高まった不安の解消でした。A2とされた方々が、「これは前癌病変じゃないのか」とすごく心配されてしまったという前提があって始まったんですね。本来は安心を得るためのはずだった甲状腺検査をやったがために、「結果がA2だったから自主避難する」みたいなことが福島の中でたくさん起こったんです。

 「こんな線量では健康影響なんてないと言っていたのに、実際に検査してみたら家の子はA2だった」とか「これはやっぱり被曝のせいで、正常じゃないんでしょう。ほうっておいたらガンになるんじゃないんですか」といった疑問や不安が福島の住民たちにどんどん広がってしまいました。それを解決する手段として、原発事故の被曝影響とは無関係な3県での比較調査が行われたと認識しています。

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筆者

細野豪志

細野豪志(ほその・ごうし) 衆議院議員

1971年(昭和46年)生まれ。2000年衆議院議員初当選(現在7期)静岡5区。総理補佐官、環境大臣、原発事故担当大臣を歴任。専門はエネルギー、環境、安保、宇宙、海洋。外国人労働者、子どもの貧困、児童虐待、障がい児、LGBTなどに取り組む。趣味は囲碁、落語。滋賀県出身

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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