冷戦期から激動の安全保障政策を担ったキーパーソンがなぜ「失敗」を語るのか
2021年02月18日
防衛省で背広組(文官)トップの事務次官を2017年まで務めた黒江哲郎さんの連載を、今月から「論座」に掲載します。タイトルは「失敗だらけの役人人生」。米ソ対立の冷戦下に防衛庁に入り、その後の中国、北朝鮮の台頭で激変した日本の安全保障政策の中枢で要職を歴任したキーパーソンが「失敗だらけ」だったとは……。インタビューでその思いを聞きました。
――今回の連載は、黒江さんが昨年末から安全保障政策の論考サイト「市ケ谷台論壇」からの転載です。市ケ谷台というのは防衛省がある所ですが、そもそもなぜ「市ケ谷台論壇」に寄稿したのですか。
新人官僚研修で各省庁の次官が持ち回りで講演する場があって、私は2015年に次官になった翌年ぐらいに担当しました。防衛の話よりも仕事のやり方を伝えた方がいいと思い、文書の書き方や資料の作り方、使っちゃいけない言葉、使った方がいい言葉などについて話したんです。
特に政策を国会議員に説明する時は、論破するより納得してもらって、法案の採決なら一票入れてもらわないといけない。政党に属する議員には党議拘束がかかりますが、それでもその省を応援してやろうという議員が一人でも増えればいい。共感を得ることが大事だといったことですね。
ちょっと気をつければ失敗しなかったということが、37年の役人人生でいっぱいあって、それを防衛省の後輩たちにより具体的に伝えたいと思いました。退官翌年の2018年に先輩の次官たちが「市ケ谷台論壇」を立ち上げたので相談したら、いいよと言ってくれたので連載を始めました。
――それにしても、「失敗だらけの役人人生」というのは思い切ったタイトルですね。
実際に失敗から得てきた教訓が多いということと、これも反省ですが、酒の席での先輩の話はどうしても偉そうな自慢話になるけど、後輩は聞きたくないわけですよ。かたや他人の不幸は蜜の味で、こっちが三枚目になって失敗の体験談をしているとおもしろがって聞いてくれる。
※写真はイメージです
だから自分の失敗を克明に書いていけば、読んだ人が疑似体験できて、同じような場面に立ち至った時に思い出してもらえるんじゃないかと。そういうテーマで書き始めたら後から後から出てくるんで、「こんなに失敗してたか俺?」って自己嫌悪になりそうですけどね(笑)。
――確かに連載を読むと描写が克明です。今世紀に入っての出来事だけでも、2004年の中国軍原子力潜水艦による領海侵犯での海上警備行動発令、2009~12年の民主党政権での米軍普天間飛行場移設に関する日米協議、2013年の中国軍艦による海自護衛艦への火器管制レーダー照射など、当時大きく報道された件について興味深いエピソードが紹介されています。
手帳にその日の日程や出来事を書いていて、会議の中身や感想もあるので、ああそうだったと。ただ手帳は昔からはつけてなくて、それでも失敗の記憶は鮮明なんです。役所の仕事って一人でやることはあまりないけど、失敗すると責任が一人にかぶってきて、「俺のせいだな」というのが結構ある。
私が東京大学法学部から防衛庁に入った1980年代はまだ人気官庁とは言えず、「必要な仕事なのに誰もやらないなら俺が」という意気込みでしたが、よく最後まで続きましたよね。失敗を気にする心配性なんです。辞めていいかと妻によく言い、子どもが一人前になるまでは頑張ってと言われました。
――素朴な疑問ですが、「失敗だらけ」でどうして文官トップの次官になれたのでしょうか。入省同期の競争などもあると思うのですが。
私も連載を書いていて同じ疑問を持ちました(笑)。(2004年の)潜水艦の件なんて、役人として命取りになってもおかしくなかった。
自分の失敗なので半分気休めで言いますと、省庁間や防衛省の各局間でどこがやるんだという厄介な案件が降ってきたり、自分で拾ったりの繰り返しでした。成果の出しようがなくても、とにかくもがきましたみたいなところが、めげない奴だと思われたのかも……。よくわかんないです。
【関連】2004年の中国原潜領海侵犯事件に関する黒江氏の回顧を紹介した藤田編集委員の記事
――「失敗」と言えば、近年で衝撃だったのは2017年の南スーダンPKOの文書隠蔽問題です。現地での陸上自衛隊の活動に関する情報公開請求への対応をめぐり防衛省が大混乱し、稲田朋美防衛相、「制服組」で陸自トップの岡部俊哉陸上幕僚長、黒江次官が辞職しました。この件にも連載で触れますか。
【関連】南スーダンPKO文書隠蔽問題に関する藤田編集委員の記事
同じ事を繰り返してもらいたくないと思ってこの連載を書き始める以上、避けられないですね。思いがけない事態に直面したときに、自分一人で処理しようとする私の悪癖については潜水艦の件で触れますが、結局それが治らずに、この最後で最大の失敗につながったわけですから。
この問題で停職4日の処分を受け、次官が4日も役所を不在にする訳にはいかないので、慣例に従い自己都合退職をしましたが、いずれにしても極めて不名誉で、しばらくはいろんなわだかまりがありました。今はそういう毒もほとんど抜けたので、できるだけ向き合おうと思います。
――最近は官僚の仕事の大変さがブラック企業並みと敬遠される傾向もあります。この連載には、「怒鳴られた」「板挟み」とかいった話も出てきますが、中央省庁を目指す若者たちにはどう読まれると思いますか。
プロモーション(宣伝)にはならないかもしれませんが、役所も働き方改革に努めているので、私と同じような非常にレトロな3K職場を味わうことはないんじゃないでしょうか。それと、失敗してもいろんな人が助けてくれるので、中央省庁も捨てたもんじゃないですよ。その感謝は最後の方でまとめて書くつもりです。
とはいえ、どの役所に行ってもそういう苦労があることもわかってほしい。例えば「板挟み」は本質で、入庁した日の飲み会で先輩に「うまく板挟みになるんだ」と言われました。利害が対立する中で調整役として落としどころを見いだし、物事を前へ進めることは官僚の大事な仕事です。
結果を出すという意味では、とにかくあらゆる手段を考えることも必要です。特に防衛省は、危機管理や安全保障でそうした事態に直面することがすごく多い。私自身がそこを忘れがちで、失敗したケースを紹介することで、若い人たちに早めに認識してもらえればと思います。
――この「論座」での掲載でより広い読者に届けばと思います。連載を読む方々へのメッセージはありますか。
政府や政策、安全保障というと、大きな組織が無機質に決めていると一般の人には捉えられている感じがします。でもその組織は生身の人間で構成されていて、踏んだり蹴ったり、滑ったり転んだり、失敗もあるけれど努力を重ねた結果が政策になるということをわかっていただきたいです。
そういう意味では、霞が関や市ケ谷でも会社とそう違うことが行われているわけではないと思う。だから私が後輩に伝えたいコミュニケーションやプレゼン、資料作りのやり方なども、民間の組織で働く人の参考になれば幸いです。
※黒江さんの連載「失敗だらけの役人人生」、第1回は2月25日(木)に公開予定です。
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