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福島の甲状腺検査の倫理的問題を問う(第三部)責任は誰が取るのか? 国際社会の厳しい視線

細野豪志 衆議院議員

 原発事故後、福島で始まった甲状腺検査の実務を医師として担当した緑川早苗氏との対談の第三部(第一部『「0~18歳まで全員検査」が引き起こしたこと』、第二部『若者の人生の選択に影響を及ぼしていいのか』)。担当閣僚として検査予算の支出を決断した私は「10年間続いてきた甲状腺検査は本当に福島のためになってきたのか」という問いから逃れることはできない。緑川氏が提案する甲状腺検査の改革は政治の責任だ。本対談は2月28日に発売される細野豪志著『東電原発事故 自己調査報告』の中に掲載される予定。

細野  緑川先生は2018年から甲状腺検査担当を外れることになったわけですよね。しかし、その年の10月には、世界保健機関(WHO)の関連組織である国際がん研究機関(IARC)から「原発事故後の甲状腺に対する系統的なスクリーニング(集団に対する検診)は推奨しない」という提言も出ていますよね。

緑川  そうですね。

細野  先ほど、行政の側は今まで行われてきた検査をやめることへの批判を恐れているとおっしゃっていたんだけれども、私は逆のリスクを感じています。検査のデメリットがあり、医療倫理的にも大きな問題が指摘されている検査を継続することで、近い将来に厳しい批判を浴びる可能性があるんじゃないかと。検査を実施し続けている福島県はもちろんのこと、政府も後押しをしているわけだから、そうしたリスクも考えるべきだと私は思っているんです。

緑川  私もその通りだと思います。もう2014年以降は「症状のない人に甲状腺超音波をあてたら過剰診断が起こります」というのが世界のコンセンサスになっています。2017年には甲状腺超音波スクリーニングについて、アメリカの予防専門委員会からは推奨度「リコメンデーションD」、つまり害のほうが大きいために「やってはいけない」とされました。これは「たとえ原発事故後であってもやってはいけない」とIARCからの提言に書かれています。

 そうした勧告まで出ている中で検査を強行し続けることには、「科学の面から見た妥当性がない」のみならず、何よりも「倫理的な面での問題が大きい」。この2点から、それでも継続の判断を続けるならば、誰が最終的に責任をとるのかも当然考えないといけないと思います。

緑川早苗氏
緑川早苗(みどりかわ・さなえ)
宮城学院女子大学教授(臨床医学)。福島県会津出身。1993年福島県立医科大学卒業後、内分泌代謝専門医として診療。2011年原発事故後に始まった甲状腺検査に初期には検査担当者として、その後検査の責任者の一人として関わる。検査方法に疑問を感じ検査の改革を目指したが実現せず、2020年3月末に福島医大を退職。甲状腺検査に対する住民の疑問と不安に対応するためのNPO(POFF)を立ち上げ活動を開始した。

細野  将来的に継続の判断責任を問われる可能性があるとお考えになるわけですね。

緑川  そう思いますね。IARCの提言が出た時に、私たちは福島医大の中で「IARCからこうした提言が出た以上、福島でも対応する必要があるのではないか」と会議でお話ししたんですけれども、その時に「福島には適用されないと序文に書いてあるので、その提言のことはここでは議論しない」と返されました。

 私が説明会等でIARCの提言を紹介するスライドを作ると、「あのスライドは福島の検査に対して悪意がある」と指摘されて、スライドを変えるように言われることも起こりました。やはり、そういう様々な提言や世界の状況に対し、「福島だけは特例で対象外」としたい思惑が働いていると思います。

細野  時期から考えても、あの提言は明らかに福島での甲状腺検査をイメージして出されたと見るべきですよね。しかも、提言に関わった専門家の方の中で、IARCのルイーズ・デイヴィス博士は「『IARC提言は大人の甲状腺がんデータに基づいているため、福島の甲状腺検査に適用できない』という見解は正しくない。この提言内容が福島の甲状腺検査にも適用されることを阻むものではない」ということを述べておられる(注)。それにもかかわらず、提言の冒頭にわざわざ「福島には適用されない」との記述があるのは不自然です。IARCは単なる専門家グループではなく、WHOの関連組織ですよね。

緑川  WHOの中にあるがんの専門家組織ですね。

細野  事前にWHOと日本政府の間で、「福島に適用するものではない」という一文を入れる調整が入った可能性も考えられます。

緑川  はい。

甲状腺検査の対象は希望者に限定すべき

細野  10年前に環境省が、この県民健康調査を担当することが決まった当時、私は低線量被曝のリスクについて長瀧重信先生はじめ様々な専門家の方々と相当議論していたので、被曝による健康被害は出ないだろうと捉えていました。しかし同時に、福島の方々の不安を解消することも必要だと思って、予算を確保した経緯があります。この事業に政府側当事者として関わっていたので、単に問題点を指摘するだけではなく、今後どうすれば解決に向かうのかを責任持って提案していかなければならないと思っています。

 10年経って、社会における放射線被曝への不安は落ち着いたと思いますが、やっぱりまだ気にされる方もいる。検査のメリットとデメリットが適正な形で説明されたうえで、希望する方々には従来通り無料で検査できる体制を維持すべきとは思います。課題はどうやって任意性を確保するかです。改善すべきポイントをいくつかお聞かせいただきたいのですけれど。

緑川  今のやり方で任意性を確保できなくしている原因というのは、まず子供全員を対象にしていることです。「あなたの検査はいつどこどこで受けてください」というお知らせが届く形なので、そういう文章が県なり福島医大から届けば、一般の住民はこの検査を受けなければいけないと誤解するのは当然です。受けなくていい検査とは思えない。

 ですから、任意性を確保するためには福島での事故によって被曝の影響が出るとは到底考えられないことや、検査自体のデメリットもきちんと説明したうえで、それでも放射線の健康影響が心配で、甲状腺を調べていただかないとどうしても納得できないと思われた方が申し込む形にするべきなんじゃないかと思います。これが一つ。

 それから次に、これも非常に重要な問題として、検査の場所として今は学校という場所を利用させていただいている状況ですけれど、学校でやれば当然、授業の時間帯にやることになります。「全員に必要不可欠な検査だからこそ学校でやっている」との誤解を生みますので、直ちに止めるべき検査のやり方だと思います。

 この二つを行えば完全にオプトイン(承諾・参加)する形での検査になりますので、人数も限定されます。それならば、事前に充分な説明をすることもできると思うんです。

開沼博(社会学者、司会) 学校の授業時間帯に検査をするわけですから、検査を受けない場合は、みんなが検査をやっている間に取り残されるわけですね。

緑川  検査を受けない選択をする生徒は少数なので、教室で残っているだとか、あるいはそれが難しいケースもあるので検査会場まで一緒に連れて来られて、「あなただけ受けないから、ここで待ってなさい」という扱いをされたりして、検査を受けない選択自体が子供たちにとってものすごい負担になるんですよ。「受けない理由を学校の先生にどうやって説明したらいいですか」と相談されたこともあります。

細野  先生がオプトインとおっしゃっているのは、現状のように全員が検査を受けることを前提とするのではなく、検査を希望する人が自発的に手を挙げて、しかるべき施設に行って検査する形に変えていくということですね。

緑川  そうです。説明をまず充分にしたうえで。

細野  私も、それが解決策だと思います。原発事故から10年経過した今、妊産婦の検査は終了しました。出産や妊娠に関わるリスクはないということが専門家はもちろん、県民の間でもコンセンサスになった。これは本当に良かったと思うんです。甲状腺検査でも当初と異なり、すでに様々なことが分かってきた。加えて、検査自体が持つ大きな問題も指摘されてきた。そうした知見を積極的に反映させていかなければ、子供たちが不利益を受け続けることになってしまいます。

緑川  年齢が上がれば上がるほど、がんが出てくる比率が高くなりますので、本当に過剰診断の被害はどんどん広がっていってしまうと思います。

被曝影響を検証できないほど低かった

開沼  この問題を解決させるための動きが政治的・行政的に、少なくとも10年間は広がってこなかったというのは明確で、そこを広げる方法はいろいろあると思いますけれど、どういう方向に改善されれば動きが広がるのか。細野さんとしてはどうお考えですか。

細野  残念ながら、この問題に関心を持つ政治家が現状極めて少ない。福島選出の議員は別ですが、全国となると感覚的には一桁かもしれません。10年の時間がすでに経過しましたので、国会議員全員が関心を持つのは難しい面もありますが、理解者を増やしていくことが必要でしょう。

 もう一つは、たとえ問題を認識していた場合でも、政治家が積極的に発言してこなかった傾向があったと思います。これは原発事故問題全般に言えることです。踏み込むことに政治的なメリットを見出せなかった、あるいは、先ほどの行政のお話にあったことと同様に、「前例を止める」ことで受ける批判を避けてきたと言えるかもしれません。

 事故から間もない頃には確かに、「まだリスクが明らかとは言い切れない」というのが責任ある態度、とされた時期もありました。しかし、この10年で状況は大きく変わった。それを社会に広く伝えていく必要があるわけです。それは多くの反発や批判を招く茨の道なのかもしれないけれど、すでに明確となった科学的事実すら言いよどむことは、当事者に不利益を押し付ける無責任な態度でしかない。勇気を持って乗り越えることこそ、政治家の果たすべき役割だと思うんですよ。

緑川  「原発事故後の不安に対応するため」という目的が最初にあったので、「そもそも福島における低線量被曝の健康影響を甲状腺検査で明らかにできるのかどうか」という議論すら充分されないままに始まってしまったところもあるんですよね。

 今や放射線影響の研究者の間では、「福島での被曝量は、実際には被曝影響を検証できないほど低かった」というコンセンサスがほぼ得られています。ですから、検査同意書に記載されているメリットに「検査で甲状腺に異常がないことが分かれば、放射線の健康影響を心配している方にとって、安心とそれによる生活の質の向上につながる可能性があります」とありましたけれど、それは事実上、できないことをメリットとして書いていると思います。

細野  福島での被曝線量は世界の一般的な地域と変わらず、リスクを比較しようにも比較対象と数値がほぼ変わらないことを明確に言うべきですよね。

緑川  そうです。先ほど長瀧先生のお名前が出ましたが、当初は「放射線の健康影響を慎重に計画して調べないといけない」と考えていらっしゃった長瀧先生が、お亡くなりになる2カ月前の2016年9月、国際シンポジウムで甲状腺検査の課題を発表した私に「あなたのお話には感銘を受けた。甲状腺検査は変えなくちゃいけない」とおっしゃってくださったんです。その言葉が今も、私の中に長瀧先生の遺言のように残っています。

細野  長瀧先生は本当に立派な方でした。チェルノブイリでたくさんのお仕事をされ、福島でも未曾有の災害における難しい役割を引き受けてくださった。非常に重要な提言をいただいたことを今でも思い出します。長瀧先生の遺言は重たいですね。

 甲状腺検査の問題は非常に深刻かつ難しい話ですが、本日は重要なご指摘を沢山いただいたと思います。私にも責任の一端がありますので、お話をしっかり受けとめて何としても結果につなげていきたいと思います。(おわり)

【注】
『みちしるべ : 福島県「甲状腺検査」の疑問と不安に応えるために』(大津留晶、 緑川早苗著)
SYNODOS「福島の甲状腺検査に国際的な勧告を生かすには――IARC専門家に聞く Louise Davies氏インタビュー」(服部美咲)
https://synodos.jp/fukushima_report/22999

右より開沼博氏、緑川早苗氏、細野豪志氏