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トランプ、熱狂支持のフロリダで政治活動再開

共和党は「ポスト・トランプ」時代のアイデンディティークライシス

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

 米連邦議会議事堂襲撃事件をめぐるトランプ前大統領の弾劾裁判の審理が2月9日、上院で始まった。その裁判の当事者であるトランプ氏は1月20日の退任以降、フロリダ州の邸宅に引きこもってきたが、共和党内の根強い人気を背景に、最近少しずつ政治活動を再開し始めた。一方、共和党はそのトランプ氏との距離感の取り方で内部に亀裂が生じ、アイデンティティークライシスに陥っている。ワシントンからトランプ氏の新たな地元・フロリダへ飛び、「ポスト・トランプ」時代の共和党のありようを考えた。

マール・ア・ラーゴ拠点に政治活動再開

 2月初旬、雪の降る首都ワシントンから飛行機で南下すること2時間半。フロリダ州南部のパームビーチには、真っ青な空が広がっていた。年間を通して温暖な気候であるフロリダ州は「サンシャイン・ステート」と呼ばれ、ニューヨークや首都ワシントンなど東海岸に住む人々が好んで冬に訪れる州だ。

高級会員制リゾート「マール・ア・ラーゴ」など富裕層の滞在する豪邸は、エメラルドグリーンに光る大西洋に面したビーチ沿いに立ち並ぶ=2月4日、フロリダ州パームビーチ、筆者撮影

 この日の気温も25度を超え、エメラルドグリーンに光る大西洋に臨むビーチには、水着姿の人々が日光浴を楽しんでいた。

 ヤシの木が生い茂り、富裕層の滞在する豪邸が立ち並ぶ一角に、ひときわ目を引くオレンジ色の屋根瓦の巨大な建物が、トランプ前大統領の所有する邸宅「マール・ア・ラーゴ」だ。正面入り口の詰め所では、警備員たちが道行く車に目を光らせ、緊張感が漂う。

トランプ前大統領が居住する高級会員制リゾート「マール・ア・ラーゴ」=2月4日、フロリダ州パームビーチ、筆者撮影

 トランプ氏は退任日の1月20日午前、ホワイトハウスを出ると、自身の任期中最後の機会となる大統領専用機に搭乗してフロリダ州に飛び、この建物に直行した。以来、ここに住み続けている。

 マール・ア・ラーゴ近くのビーチ沿いのベンチに上半身裸になって座り、日光浴をしていた高齢者の白人男性は、妻とともにシカゴから近隣に引っ越して3年になるという。「トランプが来ても静かなもんだよ。彼はゴルフでも楽しんでいるんじゃないか」と笑う。

 別の近隣住民は「トランプが引っ越してから、マール・ア・ラーゴ付近のセキュリティーは厳しくなった。渋滞が起きることもある。ただ、だれでも住みたいところに住む権利はあるからね」と語った。

 マール・ア・ラーゴは1920年代に建設された歴史的な建造物であり、1985年にトランプ氏が購入した。20エーカーの敷地内に、プールやスパ、レストランを備え、高級会員リゾート施設として運営されている。

 トランプ氏はニューヨークのトランプタワーに居住するかたわら、マール・ア・ラーゴを別荘として使ってきた。安倍前首相ともたびたび日米首脳会談やゴルフを行っており、2017年2月に安倍氏の訪問時に北朝鮮が弾道ミサイルを発射した際、2人並んで緊急記者会見をしていたのもこの場所である。私も日米首脳会談時に一度だけ訪問したことがあるが、内部はシャンデリアなどきらびやかな装飾品が施され、その豪華絢爛さに息をのんだ。

 トランプ氏は2019年9月、これまでのトランプタワーに代わり、マール・ア・ラーゴを自身の居住先として届け出た。

 トランプ氏は1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件で世論の大きな非難を浴び、表立った言動を控えているが、このマール・ア・ラーゴを拠点に少しずつ活動を再開している。

 1月25日に「ドナルド・J・トランプ事務所」を開設し、弾劾裁判におけるトランプ氏の主張などマスコミ向けの声明をたびたび発表している。同28日は共和党下院トップのケビン・マッカーシー院内総務とマール・ア・ラーゴで会談し、2022年の中間選挙で、共和党が下院の過半数を奪還するために尽力することで一致した。トランプ氏の政治団体「セーブ・アメリカ」は「トランプ氏の人気が今日ほど高かったことはない」と主張した。

 トランプ氏が新たな政治活動の場をフロリダ州に決めたのは、政治風土が理由とみられる。
ニューヨーク州は圧倒的に民主党が強く、トランプ氏は昨年11月の大統領選ではバイデン大統領に完敗。一方、フロリダ州は民主、共和両党の伯仲する激戦州だが、トランプ氏が約40万票差で競り勝った。フロリダ州には、北部から移住した裕福な高齢者らの共和党支持層も多い。

 地元のパームビーチ郡共和党のマイケル・バーネット委員長は「トランプ氏はニューヨークではもはや歓迎されないと感じたのだろう。その点、フロリダは彼の移住を大歓迎だ。我々共和党はトランプ氏を支えることで一致結束している」と語る。

熱狂的地元支持者、「愛国者党の設立を」

1月20日、トランプ前大統領のフロリダ州パームビーチ到着を歓迎する支持者たち=ウィリー・グワディオラさん提供

 「ウィー・ラブ・ユー(私たちは愛している)!」

 シュプレヒコールを上げる沿道の支持者たちの前を、トランプ前大統領の車列はゆっくりと通り過ぎる。大統領専用車の防弾ガラスの窓越しに、トランプ氏が拳を握りしめて力強くガッツポーズし、支持者たちを見つめて「サンキュー」と繰り返しつぶやく――。

(1月20日、出迎えた支持者たちにガッツポーズを取るトランプ前大統領の姿を映す動画=ウィリー・グワディオラさん提供)

 慈善団体代表のウィリー・グワディオラさん(63)は、自分のほんの10メートル弱の目の前で手を振るトランプ氏を見て、「歴史的な瞬間だ」と感無量の思いだった。

トランプ前大統領の熱烈な支持者であるウィリー・グワディオラさん=2月4日、フロリダ州ウェスト・パームビーチ、筆者撮影
 退任日の1月20日、トランプ氏が降り立ったパームビーチ国際空港からトランプ氏の邸宅「マール・ア・ラーゴ」までの沿道に、約1千人のトランプ支持者が「ありがとう 大統領」などと書かれたサインボードをもって立ち並び、トランプ氏のフロリダ到着を歓迎した。

 歓迎集会を企画したのが、熱烈なトランプ支持者であるグワディオラさんだ。一緒に沿道に並んでいた多くのトランプ支持者も感激して泣いていた。

 熱心なカトリック教徒であるグワディオラさんは、人工中絶反対を推し進めるため、オバマ元大統領の再選をきっかけに政治活動を開始した。2016年大統領選では当初、保守強硬派のテッド・クルーズ上院議員を支援したが、同氏の撤退後はトランプ氏支援に切り替えた。トランプ氏の印象は「中絶賛成ではないが、中絶反対でもない境界線にいる感じ」だったという。

 しかし、トランプ氏が任期中に中絶支援の非政府組織(NGO)への連邦政府資金の援助を禁止したことなどを理由に、「最も中絶反対に熱心に取り組んだ大統領になった」と高く評価する。トランプ氏は次の2024年大統領選に出馬すると思うかと尋ねると、「当然だ」と力を込めた。

 パームビーチには、グワディオラさんのような熱心な支持者のほか、トランプ氏の就任前から良好な関係をもつ地元共和党の存在がある。

 パームビーチ郡共和党のマイケル・バーネット委員長によれば、マール・ア・ラーゴでは2013年以来、地元共和党が毎年、政治資金パーティーを開き、トランプ氏もたびたび参加。政治資金集めを手助けしてくれたという。「トランプ氏は大統領当時、とても忙しかったが、いまは地元の一人だ。今後も我々のパーティーに参加したり、地元選挙にも関わったりしてくれることを期待している」と語る。

 ただし、トランプ氏はツイッターなどソーシャルメディアから締め出され、これまでのように直接的に動向を知ることはできなくなった。地元共和党がマール・ア・ラーゴ側と唯一連絡を取り合っている相手は、パーティーなどを取り仕切るケータリング・マネジャーだという。バーネット氏のような地元共和党幹部にもトランプ氏の動向はなかなか漏れ伝わってこない。8日にマール・ア・ラーゴ近くの自身が経営するゴルフ場で目撃されたくらいだ。トランプ氏は地元の人々にとって雲の上の存在であることに気づかされる。

 ただ、バーネット氏は「トランプ氏は前大統領だ。我々は彼のプライバシーを尊重し、あまり負担をかけたくはない」とも語る。

 そのバーネット氏も、熱心なトランプ支持で知られる。

パームビーチ郡共和党のマイケル・バーネット委員長=2月4日、筆者撮影

 米領プエルトリコで幼少期の「みじめな」(同氏)一時期を過ごした経験のある黒人のバーネット氏は、米国人としての誇りに強いこだわりがある。トランプ氏をなぜ支持し続けるのかと問うと、「保守系判事の指名、減税、雇用促進、不法移民対策を実現させたからだ」と答えたうえで、「日本人だって自分たちが日本人であることに誇りをもっているだろう? トランプ氏は我々に米国人の誇りを再び実感させてくれたのだ」と強調した。

 ただし、トランプ氏が2度目の弾劾裁判を受けることになった米連邦議会議事堂襲撃事件をめぐっては、与野党を問わず、トランプ氏の責任を問う声は強い。しかし、バーネット氏は「トランプ氏は平和的な集会を呼びかけただけ」と一蹴。弾劾訴追に同調した共和党議員を「トランプ氏を憎み、反撃の機会をうかがえっていた既得権益層(エスタブリッシュメント)の人々だ」と厳しく批判した。

 前述のグワディオラさんはさらに先鋭的な意見をもつ。襲撃事件をめぐる一部共和党内でのトランプ批判に強く憤り、「共和党にはもう飽き飽きしている。共和党を解散し、新たにトランプ氏を中心とした『愛国者党』を立ち上げるべきだ」と断言する。

前大統領への対応で亀裂深まる共和党

 一方、トランプ氏が政権を去った後、同氏にすべて賛成する「トランプ党」と化していた共和党は、「ポスト・トランプ」時代の路線をめぐり、アイデンティティークライシスに陥っている。

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