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最悪の日韓関係 「歴史」乗り越えるには

中国人強制労働で和解実現した内田雅敏弁護士に聞く

箱田哲也 朝日新聞論説委員

1998年「日韓共同宣言」の精神に戻れれば

 ――韓国との間でも和解したケースがありますね。

 「はい、全体解決でなく、原告団との個別解決ですが、1997年に韓国人元徴用工の遺族たちが日本製鉄を相手取った裁判で、和解が成立しました。日本製鉄が、その企業哲学に基づいて解決したわけです。ドイツのフォルクスワーゲン社などが和解したのも同じ企業哲学に基づくものです」

拡大日韓共同宣言に署名し、握手する小渕恵三首相(右)と金大中大統領=1998年10月8日、東京の迎賓館
 ――外務省が変わったのでしょうか。

 「外務省のOBたちの中には、今の外務省のような考えではない人もいます。だから外務省というよりも、むしろ政権でしょう。安倍政権に象徴される世代の歴史認識のなさが原因です。たとえば、1998年に韓国の金大中大統領と出した『日韓共同宣言』で、小渕恵三首相は、植民地支配への『痛切な反省と心からのおわび』を表明しました。金大中大統領は、それを『真摯(しんし)に受け止める』と応えました。金大中大統領は日本の国会で演説し、大きな拍手を得ました。日韓がこの精神に戻れば、解決は可能でしょう」

 ――いまも日韓双方は、あの日韓共同宣言を高く評価するのに、現実には関係はどんどん悪化しています。

 「日本社会の一般の感覚では、戦後75年もたっているのに、とか、難癖をつけているとか、思うかもしれません。しかし、問題が解決されないまま来たという事実に耳を傾けねばなりません。被害の実態があるということを出発点としないと、なかなか理解できないでしょう」

 ――しかし、今回の慰安婦訴訟で日本政府は、国家が外国の裁判権に服することはないとする国際法上の原則「主権免除」を主張し、裁判にも出ませんでした。

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筆者

箱田哲也

箱田哲也(はこだ・てつや) 朝日新聞論説委員

1988年4月、朝日新聞入社。初任地の鹿児島支局や旧産炭地の筑豊支局(福岡県)などを経て、97年から沖縄・那覇支局で在日米軍問題を取材。朝鮮半島関係では、94年にソウルの延世大学語学堂で韓国語研修。99年からと2008年からの2度にわたり、計10年、ソウルで特派員生活をおくった。13年4月より現職。翻訳した『慰安婦運動、聖域から広場へ』(沈揆先著、朝日新聞出版)が2022年1月刊行された。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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