2021年02月15日
国軍によるクーデターが発生したミャンマー。最大都市のヤンゴンでは市民の抗議活動が拡大している。これに対し、国軍は着々と統制を強化。既に200人以上を逮捕・拘束し、ネット規制に乗り出した。ヤンゴン在住の日系投資会社役員、松下英樹さんの緊急レポート第五弾。
松下英樹(まつした・ひでき) ヤンゴン在住。2003年より日本とミャンマーを往復しながらビジネスコンサルタント、投資銀行設立等を手がけ、ミャンマーで現地ビジネスに最も精通した日本人の一人として知られている。著書に「新聞では書かない、ミャンマーに世界が押し寄せる30の理由」(講談社プラスアルファ新書)
2月12日(現地時間)、ミャンマーは「連邦の日」の祝日であった。6日から始まった抗議デモは最大規模に拡大し、ヤンゴンの街は抗議の声を上げる市民で埋め尽くされた。Civil Disobedience Movement (CDM=市民的不服従運動)を合言葉に、公務員を含む多くの国民が仕事を休んでデモに参加しているため、8日からは行政機能、銀行も業務を停止しており、経済活動は麻痺している。
一方で、軍政は着々と統制を強化している。10日、運輸・通信省は突如、言論統制を可能にするサイバー・セキュリティ法案を発表。インターネット・サービス・プロバイダを含む全ての通信事業者に対し、2月15日までにユーザの個人情報を含む全ての通信記録を政府が指定するデータセンターで保管することに同意するように迫っている。
12日は東部モン州の州都モーラミャインで大学が封鎖され、立てこもっていた学生数名が負傷した。NLD幹部および職場放棄を主導した公務員らを中心に逮捕・拘束されたものは既に200名以上に上っている。
国際社会の関心も高まっている。米国では10日付で大統領令が承認され、10名の国軍関係者および関連企業3社が制裁対象に加えられた。日本では与野党の国会議員がスーチー氏らの即時解放を求める声明を発表。国連では12日、人権理事会の特別会合が開催され、暴力行為を控え人権や自由、法の支配を尊重すべきだとする決議案が採択された。
抗議活動の盛り上がりに比例して、弾圧も強まっており、双方ともに譲る気配はない。いずれ大規模な衝突が起こることは不可避であろう。昨日は無事だったが、果たして今日は……。国民は不安を募らせている。
友人から2月9日に首都ネピドーで女性が銃撃を受けた瞬間の動画が送られてきた。撃ったのは武装警官であり、口径9㎜のサブマシンガンから発射された実弾である。日本のメディアは当局がゴム弾を使用し複数の負傷者が出た模様などとあいまいな報道しているが、こちらの動画をご覧になれば明らかである(*閲覧する場合は十分に注意してください)。
撃たれた女性は19歳の大学生とのことで、銃弾はヘルメットを貫通し脳に達したという。すぐに病院に運ばれたそうであるがまだ死亡は確認されていない。ついに恐れていたことが現実となってしまった。決して許されることではない。ミャンマーでは警察は事実上、軍の指揮下にある。
全国各地で抗議デモが拡大しているが、9日のような激しい衝突は起きていない。ヤンゴン市内では警察官は要所要所に配置されているものの、まだ軍隊の姿は見かけない。地方都市、農村部でも抗議デモが拡大しているようだ。
不服従運動(CDM)への参加と国際社会にアピールすることの二つがデモの戦術となっており、国連の事務所や各国大使館前でも盛んにデモが行われている。若者たちが掲げるメッセージボードには英語で書かれているものが目立つ。中には中国語や日本語のものもあった。
フェイスブックをはじめとするSNSは市民の抗議活動に大きな役割を果たしている。「今日は黒い服を着て集まって!」「○○大使館に行こう!」などの呼びかけが瞬時に拡散され、行動が開始される。なかにはデマや個人的な中傷もあるが、スマホ世代の若者たちにとって強力な武器となっている。
上記のサイバー・セキュリティ法案は政府に好ましくない情報を削除し、発信者を処罰(3年未満の懲役刑)する権限を政府に持たせるものであり、既に中国から監視ネットワーク構築のためのハードウェアおよび技術者が到着して作業を開始したとのことである。もし悪名高き「グレート・ファイヤーウォール(金盾)」が導入されれば、中国と同様にGoogleやFacebookなどのサービスの利用が禁止され、市民は言論の自由を失う可能性がある。
ネット上では「15日から2週間、インターネットが遮断される」という噂が流れており、既に市民の間では通信を確保するために、国外の通信会社を通じてインターネットに接続できるデータ通信専用SIMカードを購入したり、他のSNSのアカウントを開設したりして自衛するものが増えてきている。
米財務省は11日、ミャンマーでクーデターを実行したミン・アウン・フライン総司令官を含む国軍幹部ら10個人と3団体を制裁対象に指定すると発表した。バイデン大統領が10日に出した大統領令を受けた措置で、米国内にある資産が凍結され、米国人との取引も原則禁止される。
イエレン財務長官は声明で「平和的抗議行動に対し、これ以上の暴力が振るわれれば、ミャンマー国軍は今回の制裁が『第1弾』にすぎなかったと知ることになる」と警告。国軍の対応次第で、追加制裁も辞さない姿勢を示した。
米商務省も11日、ミャンマー国軍や国防省、治安機関などに対する輸出制限を即時発動すると発表。さらなる制限強化を検討する方針も明らかにした。また、米国際開発局(USAID)はミャンマー向け支援4240万ドル(約44億円)の実行を取りやめる。新型コロナウイルス対策支援などは維持する。(時事通信 2月12日)
2月12日、スイスの国連ヨーロッパ本部において、ミャンマーでのクーデターに関する人権理事会の緊急会合が開催された。トーマス・アンドリュー特別報告者(元米下院議員)は、軍がデモ隊に向けて実弾を発砲したことを確認したとして強く非難し、「あらゆる選択肢を検討すべきだ」と呼びかけた。そのあと、アウン・サン・スー・チー国家顧問やウィン・ミン大統領らの即時解放を求めるとともに、暴力行為を控え人権や自由、法の支配を尊重すべきだとする決議案が採択されたが中国・ロシアは決議には加わらなかった。
2月11日にミン・アウン・フライン国家統治評議会議長(国軍司令官)は刑務所で服役している囚人2万3314人に対して恩赦を与えて即日釈放した。この中には2017年1月、NLDの法律顧問だったコー・ニー氏を殺害し死刑判決を受けた犯人や、西部ラカイン州の政治指導者で反逆罪で有罪判決を受けていたエイ・マウンアラカン民族党(ANP)元議長なども含まれている。
凶悪犯罪者を市中に放し、治安を悪化させ武力鎮圧の口実とするためなのか、今後、政治犯を大量に投獄するための準備なのか、おそらくその両方の意図があるのだろう。
軍政はCDM運動の拡大を脅威に感じている。デモ隊に対峙していた警官隊の中から、数名の若い警官が市民の側に加わっていく映像も拡散されている。11日、ミン・アウン・フライン国軍司令官は、抗議デモに参加している公務員に職務への復帰を命じ、戻らなければ「有効な措置」を取ると警告した。
12日深夜、近所が騒がしいというFBの投稿が相次いだ。市内各所で職場放棄をした公務員を逮捕しようとする警察とそれを阻止しようとする近隣住民たちがもみ合っているとのこと。
囚人の解放も深夜の取り締まりも軍政時代によく聞かされた話である。じわじわと真綿で首を絞めるような手口は銃弾よりも心理的な脅威を増幅させる効果がある。
8日に夜間外出禁止令が発令されてから、街は静まり返っている。ミャンマー国民は徘徊する犯罪者たちと深夜、突然ドアがノックされ警察に連行されるかもしれないという恐怖におびえながら眠れない夜を過ごしている。
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