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脱炭素社会の実現のカギを握る水素:世界の覇権争奪にも影響/上

先行する欧州と追うロシア

塩原俊彦 高知大学准教授

 たぶん2021年は脱炭素化を支えるための水素利用に関する話題が世界中で語られる1年となるだろう。いわば、「水素元年」を迎えることになる。

 だが、日本のマスメディアでは、脱炭素社会の実現のカギを握る水素製造に関する報道がほとんどない。新聞を読まず、テレビもつけなくなりつつ大学生に至っては、脱炭素社会の実現をめざす動き自体を知らないのかもしれない(たとえば拙稿「脱炭素化で遅れる日本」を参考にしてほしい)。そこで、水素利用をめぐる最先端の取り組みを紹介したい。同時に、そうした変化が覇権争奪にどんな展開をもたらすのかについて考えたい。

先行する欧州

 環境問題では、欧州が先行している。それを示しているのが表「欧州政策当局の水素への取り組み」である。2019年1月の段階で、欧州委員会はすでに「水素ロードマップ」を策定した。

 水素は原料、燃料、エネルギー搬送体、貯蔵として利用できるため、産業、輸送、電力、建築物などの各分野における温室効果ガスの排出を削減する多くの実用性を秘めている。このため、ロードマップでは、水素を二酸化炭素排出の大幅削減に不可欠なエネルギー源と位置づけ、その水素用途に、ガスパイプライン(導管)への混入、長距離・大型輸送用の燃料、鉄鋼業など産業用などが想定された。

 表には書かれていないが、2020年7月には、EU 加盟国9カ国の欧州ガスインフラ企業11社は、2040 年までに約 2万3000キロメートルの水素専用パイプライン網を構築し、天然ガス網と並行して利用する計画を発表した。「欧州水素バックボーン」と名づけられた計画だ。

 図1に示されたように、EU加盟の9カ国とスイスを結ぶ広範なネットワークの構築が予定されている。北海の洋上風力発電所や南欧の太陽光発電所などで発電された電力を使って水電解によって水素を製造し、欧州の広い範囲に供給できるようにしようというものだ。

 水素のガス導管への混入については、天然ガス(メタン)の燃焼にともなう温暖化ガスの排出量を少しでも減らすために、水素を既存のガス導管に6%混入しても問題はないとの見方がある。このため、フランスでは、この割合を2030年に10%に引き上げ、それ以降も水素注入ワーキンググループがこの割合の引き上げを推進する計画だ。

 2020年7月になって、欧州委員会は「水素戦略」を公表する。①2024年までに、欧州連合(EU)域内に少なくとも6ギガワット(GW)の再生可能水素電気分解(電解)装置を設置し、最大100万トンの再生可能水素の生産を支援、②2025~2030年にかけて、水素は統合エネルギーシステムの本質的な部分となる必要があり、少なくとも40GWの再生可能水素電解解装置と1000万トンの再生可能水素をEUで生産することが求められている、③2030年以降、再生可能水素はすべての脱炭素化の困難な部門に大規模に導入される――というのが工程表だ。

 この水素戦略をわかりやすく示したのが「図2 欧州水素戦略の概略」である。

 図中の「グリーン水素」とは、核発電所を除く、風、太陽、水、炭化水素を使用しない他のエネルギー源を利用した水の電気分解によって得られる水素を指している。ほかに、「ブルー水素」(2 H₂O=>2 H₂+O₂)と呼ばれるものがある。これは化石燃料を改質し、それに伴って生まれる二酸化酸素を回収させて取り出される水素を意味している。

 具体的には、①天然ガスや石油(ガソリン、灯油、ナフサ)といった化石燃料を高温下で水蒸気と反応させる(CH₄+2H₂O=>4 H₂+CO₂)ことで水素や二酸化炭素を含むガスが発生(水蒸気改質)し、圧力変動吸着分離法(PSA)で他の物質と分離し水素だけを取り出す、②発生する二酸化炭素を「二酸化炭素回収・貯留」(CCS)技術を使って収集し、地中深くに貯留・圧入するか、あるいは、「二酸化炭素回収・利用・貯留」(CCUS)技術を使って二酸化炭素を古い油田に注入し油田に残った原油を圧力で押し出しつつ、二酸化炭素を地中に貯留するという、①と②の組み合わせによって製造される水素のことだ。

 化石燃料を改質し、二酸化炭素を回収せずに取り出される水素は「グレー水素」と呼ばれている。なお、核発電による電気を利用して製造される水素は「オレンジ水素」と呼ばれることがある。


筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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