山口 昌子(やまぐち しょうこ) 在仏ジャーナリスト
元新聞社パリ支局長。1994年度のボーン上田記念国際記者賞受賞。著書に『大統領府から読むフランス300年史』『パリの福澤諭吉』『ココ・シャネルの真実』『ドゴールのいるフランス』『フランス人の不思議な頭の中』『原発大国フランスからの警告』『フランス流テロとの戦い方』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
「医は仁術」という精神が希薄に?「ヒポクラテスの誓い」に忠実であれ
所用で日本に帰国中、コロナ禍を報じるテレビのドキュメンタリー番組を見ていて、違和感を感じたシーンがあった。かなり大きな私立病院の事務局長が、新型コロナの影響で経営が困難に陥ったことを訴えたシーンだ。
トイレ、バス付きの「1泊1万円」の病室(複数)を自慢げに見せながら、「新型コロナの影響で全室の空き室状態が続いている」と嘆き、従って「経営が苦しい」と訴えたのだ。ホテルの経営者ではない。病院の事務局長、つまり経営担当者だ。
一方で、集中治療室が足りなく、しかも、日夜、疲労困憊しながら重症患者の治療に当たっている病院がある中で、この事務局長の堂々たる嘆きにはショックを受けた。
知人の友人の医師の告白を聞いたばかりだったこともある。彼は東京近郊の公立病院で、医師も看護師も不足する真の医療崩壊状態の中で、必死に100人以上のコロナ患者の治療に当たった。
「コロナの治療に当たることができる医師や看護師、病床のうち、実際に対応に当たっているのは2割程度というのが日本の現状だ。残り8割は逆にコロナ禍で暇をかこっている。医療資源の適材配置が全くできておらず、医師会も行政も医師や医療スタッフを不足している窮地の現場へ動かそうとしない」
これが現場からの声に他ならない。
フランスでは新型コロナによる重症者が急増した昨年春から夏にかけて、パリなどの大都市病院の集中治療室に収容しきれず、患者を航空機やヘリ、仏新幹線TGVで集中治療室の空きのある地方の病院に転送していた。マクロン大統領は、「これは(コロナとの)戦争だ」と断言し、当時、最も感染者が多かった仏東部ミュールーズにある軍病院(仏全土に軍病院は8棟)の敷地に野戦病院を設営し、急きょ40の集中治療室を設置した。
これに対し、日本の人口あたりの病床数は世界で最も多い。日本医師会の2021年1月発表によると、急性期医療病床数は人口1000人当たり日本は7.8(2018年)、ドイツ6.0(2017年)、フランス3.0(2018年)、イタリア2.6(2018年)、米国2.5(2017年)だ。総病床数になると、日本13.0(2018年)、ドイツ8.0、フランス5.9(2018年)、イタリア3.1(2018年)、米国2.9(2017年)と断トツだ。
また、日本はこれだけ多数の病院があるのに、PCR検査などが容易に受けられない。いささか私怨めいて恐縮だが、フランスが1月末、英国型の変異ウイルスが発見された日本など多数の国との原則的な出入国禁止を決めたので、パリに戻る前に急きょ、72時間以内のコロナ検査の陰性証明書が必要になった。ところが、保健所は無症状者の面倒はみない。やっと見つけた検査受付の医療機関で、約3万円也を払って証明書を入手したが、フランスなら無料なのに、と思わざるを得なかった。