格差、公共性、社会統合の観点からみると?
2021年02月20日
「GIGAスクール構想」への5つの懸念(上)
新型コロナウイルス感染拡大を受けて実施された2020年春の学校一斉休校では、一部の地方自治体や学校でオンライン教育の導入が進みました。多喜弘文准教授(法政大学)と松岡亮二准教授(早稲田大学)は、内閣府の調査データに基づき、臨時休校中に生じたオンライン教育の格差について分析しています。
その調査結果によると、オンライン教育の実施状況に関して、住んでいる地域や家庭の収入による格差が生じたことが確認されました。出身家庭や居住地域といった「生まれ」は、本人にはどうすることもできません。「生まれ」による教育格差がオンライン教育においても観察されたことは重要です。
私立や国立の小中学校の方が公立小中学校よりもオンライン教育の普及率が高いことも確認されました。このことは容易に想像できます。それだけではなく、保護者の大卒割合が高い地域の公立学校の方が他の地域の公立学校よりも、オンライン教育を実施しやすい環境が整っていて、オンライン教育を実施できた割合が高いことも確認されました。公立学校のなかでも格差が生じていることがわかりました。
家庭の収入レベルと親の学歴には相関関係があります。高学歴の親ほど職場などでICTを利用する機会が多く、家庭内で子どものオンライン学習を手伝うときに有利になるでしょう。家庭にコンピュータやタブレット端末があるか否かもオンライン教育環境を左右しますが、それも家庭の収入レベルとの相関関係が高いはずです。ひとり親世帯の方が、子どものオンライン学習をサポートするのは難しいでしょう。貧困率の高い母子家庭では母親が2つも3つも非正規雇用のパートやアルバイトを掛けもちしている例が多く、家庭でオンライン教育を手伝う余裕などないでしょう。
従来型の教室の授業以上に、オンライン教育は格差が生じやすいことが明らかになりました。オンライン教育の割合が高まれば、親のデジタル・デバイド(デジタル情報格差)が、子どものデジタル・デバイドを生むという、世代を超えた情報格差の再生産を招く可能性が高いです。その点も十分な配慮が必要です。
海外でも教育のICT化が低所得家庭に与える影響について研究が進んでいます。米国で出た「全員にとってのチャンス? テクノロジーと低所得家庭の学習」という報告書によると、2種類のデジタル格差があるそうです。ひとつはデジタルツールの利用機会の格差。もうひとつは親の関与の格差です。
米国の貧しい家庭の子どもにとっては、スマホが唯一のデジタル接続の道具であり、wi-fi環境でなければデータ利用にも制限があります。また、単にデジタル機器を子どもに渡すだけでは、子どもは遊びに使うだけで終わります。親の適切な関与がないと、デジタル機器の教育効果は高くありません。日本でも同じことが起きている可能性が高いです。
フィラデルフィアの図書館で行われた研究では、恵まれない家庭の子どもに図書館の本やデジタルの利用機会を提供したところ、親の関与がなければ、デジタル機器を導入したグループの方がそうでないグループよりも読み書きテストの成績が悪かったそうです。デジタル機器を遊びに使っただけの子どもは特に成績が悪かったそうです。
コロナ禍の学校一斉休校によってオンライン教育や教育のICT化が一気に普及しそうな勢いですが、その制約や問題点を認識し、慎重かつ節度ある導入を心がける必要があります。無批判・無条件に「オンライン教育や教育のICT化は善」と見る姿勢は問題です。
OECDが2018年に実施した学習到達度調査(PISA)で、日本は学校の授業におけるデジタル機器の利用時間がもっとも短いという調査結果が出ました。それを見て「日本はデジタル機器の利用が先進国で最下位なのは問題だ」と主張する人がいます。しかし、その年のPISAで日本の子どもたちの学力が最下位だったわけではありません。日本よりもデジタル機器の利用時間が長い国の多くは、日本より平均的な学力が低かったわけです。デジタル機器もオンライン教育も万能薬ではありません。
オンライン教育は、やむを得ない事情がある場合や特別なニーズ(遠隔地の教育、障がいのある子どもの教育など)に合わせた場合に限って、慎重に導入していくことが大切だと思います。
政府は、2016年1月閣議決定の第5期科学技術基本計画で初登場した「Society 5.0」なる概念に基づき、IoT、AI(人工知能)、ビックデータ、ロボット工学などの最新テクノロジーを活用して経済成長を実現し、社会的課題を解決することをめざしています。
その線にそって教育のICT化が進められ、GIGAスクール構想がスタートしました。教育のICT化のキーワードが「個別最適化学習」です。これは「学習者の進度や理解度に応じて、個別に最適化した学習内容を提供すること」とされます。
子どもたちは、PCやタブレット端末を前に一人一人の能力や適性に応じて、AIが提供する学習プログラムに単独で取り組むという学習形態です。個々の生徒の解答内容からAIが理解度を判定し、個々の生徒にとって最適な出題をすることでオーダーメイドの教育ができるという触れこみです。直観的には、算数のドリルや漢字学習のように単純な反復学習には効果的だと思います。他方、その副作用と弊害も考える必要があります。
個別最適化された学習では、子どもたち同士の対話や相互作用はありません。目の前の端末画面に向かって黙々とキーボードを操作する教室の様子が容易に想像されます。他方、AIによって最適化された学習では、能力主義に基づいて個別化した学習プログラムなので、理解できなかったら自己責任とされる傾向が出てくることでしょう。リアルな教室での学びでは、わからない子に教師やわかった子が教えるといった相互作用もあります。しかし、デジタル端末の前に座る子どもは、自分ひとりで課題に立ち向かい、わからなかったら自分の責任とされていくかもしれません。児美川孝一郎教授(法政大学)は次のように述べます。
すべての子どもが、簡単にアクティブ・ラーナーになれるわけではない。とすれば、Society 5.0型の学校からは、取りこぼされる子どもが多数
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