ユーロを救った男の双肩にのしかかる新たな重い課題
2021年02月22日
政治は人間が織りなすドラマだ。人間がもつ欲望、怨恨、嫉妬、情念が複雑に絡み合い、魑魅魍魎たる世界を描き出す。そんな捉えどころのない政治も、イタリアほど人間臭いドラマとして演じられるところはない。
戦後、内閣が68回替わった。一内閣平均13カ月という短さだ。単に、選挙制度や政党制度の問題でない。人間ドラマが、これでもかというほど演じられるから、かくも短期間に内閣が入れ替わる。
そういうイタリアにあって、近来になく安定した内閣が続いた。2018年以来のジュゼッペ・コンテ首相率いる内閣だ。
しかしこのコンテ内閣、誕生の時は、これほど弱体なものはなかった。二人の実力者が譲らず、妥協の結果、第三者を連れてきた。二人の実力者とは、極右「同盟」のマッテオ・サルヴィーニ党首と「五つ星運動」のルイギ・ディ・マイオ党首。連れてこられたコンテ氏は当時フィレンツェ大学の法学部教授だった。
単なるお飾りかと思われたコンテ氏だったが、豈図らんや、思いがけず健闘する。2020年に入り突如襲った新型コロナウイルスに対しても獅子奮迅の働きをし、国民の高い評価を得た。
しかし、内閣がこのまま続くと思われたまさにその矢先、コンテ内閣は今年1月26日、突如総辞職する。事の発端は、13日、マッテオ・レンツィ元首相が率いる連立与党「イタリア・ビバ」がEU復興基金の使途に異議を唱え閣僚を引き上げたことだった。
コンテ氏は、新たな連立を模索するも失敗。このままでは国内の新型コロナの死者数が88000人を超える惨禍の中での選挙しかないという時、セルジョ・マッタレッラ大統領が最後の切札を切った。
「スーパーマリオ」こと、マリオ・ドラギ前欧州中央銀行(ECB)総裁を任命。金融界でスーパーマリオの名を知らない者はない。
ドラギ氏の名声を高めたのは、何といっても2012年の発言だ。欧州が債務危機に翻弄され、あわやユーロ崩壊という危機一髪の時、ECB総裁のドラギ氏はロンドン講演の席上「やれることは何でもやる、信じて欲しい」と発言した。その一言で市場の信頼は回復、危機が回避された。
金融界の綾を熟知する。総裁として何をすればマーケットが動揺し、何を言えば信頼を得るか、たった一言でマーケットは動く、このツボを感得したドラギ氏は、「ドラギ・マジック」を駆使し、世界の金融界を牛耳る「金融マフィア」を思うがままに操った。
金融政策は、経済の知識だけで済むものではない。市場の空気を読み、EUメンバー国の猛者と対決することも要求される。つまり、金融の専門家であるだけでなく、周りの空気を読み市場心理に通じるとともに、権力政治を潜り抜けるしたたかさを持ち合わせなければならない。
欧州金融界にあって重きをなすのはドイツだ。過去の苦い経験を踏まえインフレに過敏なまでの反応を示す。2011年の総裁就任時、そのドイツに、緩和策を飲ませるのは至難の業だった。しかし景気浮揚のためには金融緩和が必要だ。ドラギ氏は見事ドイツを説得、量的緩和を断行し低迷した欧州経済を立て直していく。
つまり、難局に直面するイタリア経済を救う者としてドラギ氏以上の適任はない。経済手腕は折り紙付き
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