メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

【9】無責任の連鎖――それは菅政権でも変わらない、いや深刻化している

塩原俊彦 高知大学准教授

「無責任の体系」=「無責任の連鎖」

 筆者に言わせれば、「無責任の体系」の元凶は官僚にある。なぜならつぎのような推論が成り立つからだ。

 「「責任」と「無責任」とが(前者の否定が後者という意味で)論理的に対立し、しかも可逆的であるとしよう。そうするとつぎのような推論が成り立つ。すなわち、国民は政治家を選択できるとすれば選択「責任」を負い、政治家は同様に官僚に対して選択「責任」を負うだろう。しかし、官僚はその種の「責任」を負わないから、こんどは「無責任」の連鎖が成立する。つまり、官僚は政治家に対して「無責任」であり、政治家は国民に対して「無責任」となる。結局、あたかも「メビウスの帯」のように、「責任」の連鎖は「無責任」の連鎖へと反転して国民に回帰する。」

 これは、神武庸四郎著「デモクラシーからオクロクラシーへ」(『一橋論叢』, 2005)の注19にある記述だ。たぶんこの指摘は、「無責任の体系」が「無責任の連鎖」というかたちで構造化している現状にぴったりあてはまっているのではないか。

 ただし、ここでの議論は、「結果責任を引き受ける強い自己」を前提としている(北田暁大著『責任と正義』勁草書房)。「あくまで結果責任――「したこと」の意図せざる結果――を主体的に引き受ける自己」に自己陶酔する「身勝手ー無責任な主体」がいるだけであり、こうした「強い責任主体」を当然視する見方に惑わされてきた感がぬぐえない。

 この点については、意志の存在を前提とする「能動態」と「受動態」の区別を強調しつつ、“fall in love”のように意志とは無関係な「中動態」という概念に

・・・ログインして読む
(残り:約5608文字/本文:約7634文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

塩原俊彦の記事

もっと見る