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「官房」とは謝ることと見つけたり 頭を下げてギックリ腰は公務災害?

連載・失敗だらけの役人人生⑫ 元防衛事務次官・黒江哲郎が語る教訓

黒江哲郎 元防衛事務次官

車回しの混乱で「出禁」

 私が文書課長を務めた時期の最大のテーマは、防衛庁から防衛省への移行でした。2006年(平成18年)秋の臨時国会で省移行法案が審議され、大変な苦労の末、12月15日に野党も含めた賛成多数で法案が可決され、翌2007年(平成19年)1月9日に防衛庁は省昇格を果たしました。

 法案審議は難航しましたが、省移行に伴う行事も大変でした。法案成立から1か月足らずの間に来賓・招待者の確定、式次第の確定、式典における記念講演の調整、来賓の席次の確定、案内の動線の確定などの準備を大車輪で行い、1月9日に防衛省において行われた省移行式典には100名を超える与野党国会議員が来賓として詰めかけました。当日は文書課長の私が司会進行役を務め、式典自体は何とか無事に終えることが出来ました。

拡大2007年、「庁」から昇格した防衛省の正門看板の除幕式。左端で文書を持つのが文書課長当時の黒江氏=東京・市ケ谷。黒江氏提供

 ところが、一斉に式典会場の講堂を後にして帰路についた国会議員が庁舎の正面玄関に集中し、大混乱となってしまいました。混乱を避けるため、あらかじめ来賓の方々をグループ分けして順次退出して頂くようにアナウンスしていたのですがうまく伝わらず、玄関で大渋滞が生じてしまったのです。

 防衛省本省庁舎にこれだけの数のVIPが集まるのも初めてなら大量の車回しを行うのも初めてで、大勢の職員が奮闘したのですがホテルのようにスムーズには行かず、渋滞が解消するまでにかなりの時間がかかってしまいました。それでも大半の先生方は静かに順番を待って退庁して下さったのですが、最後の最後まで残された先生は激怒しました。

 その方は役所が事前に配布していた駐車票を携行せず、なおかつ車が指定駐車場に停まっていなかったため連絡に手間取ってしまったのですが、怒った国会議員にはそんな弁解は通用しません。私はその場で怒られ、その日の午後に謝罪に伺った議員会館の事務所で怒鳴り上げられ、最後は出入り禁止となりました。

 出入り禁止は長期にわたり、関係修復には大変に苦労しました。行事は計画通りに進むのが当然だと思われており、問題なく終了しても誰も気づかないし誰も褒めてはくれません。他方、何か不手際があると、迷惑をかけた相手方からばかりでなく省内幹部からも叱責されることになります。

 この事例のように相手方とのトラブルが長引いてしまっても、もちろん誰も助けてはくれません。行事の運営は「割に合わない」仕事の典型なのです。

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筆者

黒江哲郎

黒江哲郎(くろえ・てつろう) 元防衛事務次官

1958年山形県生まれ。東京大学法学部卒。81年防衛庁に文官の「背広組」として入り、省昇格後に運用企画局長や官房長、防衛政策局長など要職を歴任して2017年退官。現在は三井住友海上火災保険顧問

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