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大村愛知県知事へのリコール署名問題は日本の民主主義を揺るがす大事件だ

極めて特異な経過をたどった運動は不可解なことだらけ

米山隆一 衆議院議員・弁護士・医学博士

 2019年8月1日から開催された愛知トリエンナーレ「表現の不自由展」において、昭和天皇陛下のコラージュ写真が燃やされる映像が展示されたことを契機に、美容外科医で、「保守的」な政治活動で知られる高須克弥氏と、名古屋市長の河村たかし氏が主導して2020年8月25日から行われた大村秀章愛知県知事のリコール(解職請求)運動は(参照)、10月25日に大半の地域で運動期間が終了し署名簿が提出された後、11月6日に愛知県選挙管理委員から43万5231筆を受け取ったと発表されたものの(参照)、翌11月7日には全県の13%程度の有権者がいる自治体ではまだ運動期間が続いていたにもかかわらず、高須氏が突如中止を宣言。12月4日にはボランティアの参加者から多数の不正署名があったとの告発がなされ(参照)、これを受けて署名の調査を行っていた愛知県選挙管理委員会が、2月1日、全署名の83.2%、36万2187筆の署名に不正が疑われるとの調査結果を発表し(参照)、2月15日には被疑者不詳のまま愛知県警に告発状が提出され(参照)、2月24日には容疑者不詳のまま強制捜査がなされる(参照)という極めて異例な事態となっています。

 この間、報道機関から佐賀県においてアルバイトを使って名簿の書き写し作業が行われて1000万円超の給与が支払われたことや(参照)、大会を主導した「お辞め下さい大村秀章愛知県知事 愛知100万人リコールの会」事務局幹部の発注書を警察が押収したことの報道もなされるなか(参照参照)、自ら「最高責任者」を自認していた(参照)高須克弥氏、大会を主導した「お辞め下さい大村秀章愛知県知事 愛知100万人リコールの会(以下「リコールの会」と言います)」事務局長田中孝博氏(元日本維新の会愛知県第5選挙区支部長=現在は辞任=)が田中智之弁護士と共に記者会見をし(参照)、それぞれ自らの関与を否定したものの具体的な説明はほぼなく(参照)、混沌とした事態となっています。

 これは日本の民主主義を揺るがす大事件だと思いますので、この特異で不可解なリコール署名問題について論じたいと思います。

愛知県庁前で大村秀章知事のリコールを訴える河村たかし・名古屋市長(左)と高須克弥氏=2020年8月25日、名古屋市中区

有効な署名数は有権者のわずか1.2%

 まず確認しておきたいのは、このリコールで集まった真正な署名は、7万3044筆に過ぎなかったということです。“不正騒動”に目を奪われて、当初報道された「43万筆の署名」という印象になってしまっていますが、愛知県選挙管理委員会の調査結果に従えば、不正な83.2%を差し引いた有効な署名は、7万3044筆です。愛知県の令和2年9月1日現在の有権者数は613万2684人ですからこれは、有権者数の1.2%に過ぎません。

 これがリコール成立に必要な有権者の14.1 %、86万6586人にまったく届かなかったのはもちろんですが、「日本と日本人への侮辱」が理由(参照)であるとされたリコール運動に対し、積極的に賛同した人は1.2%に過ぎなかったという事実は、再度確認されるべきだと思います。

 私事になってしまいますが、私は有権者数30万人ほどの新潟5区で選挙活動を行ってきたなかで、自身で名簿集めをしています。最も名簿が集まったのは、自民党公認候補で選挙活動を行った2009年ですが、この時は3万人、有権者の10%の名簿が集まりました。

 一定の賛同が得られる運動で組織的に名簿集めを行えば、この程度の数を集めることは可能です。逆に言うと、今般のリコールの会の運動は、大々的に喧伝(けんでん)された割に、広い賛同を得たものでも、組織的なものでもなかったのです。

リコール署名問題について取材に応じる大村秀章知事=2021年2月16日、愛知県庁

「不正署名」は厳正に調査を

 次に現在問題になっている「不正署名」、よりはっきり言うならば、他人が承諾なく書き写した「偽造署名」についてですが、これはもう「言語道断」以外の何物でもありません。

 地方自治法第76 条に定めるリコール(解職請求)制度は、国民の自由選挙で選ばれた代表を、国民の意志で解職するという民主主義の根幹にかかわる制度です。今回の愛知県知事リコール運動では、不正署名(偽造署名)の有無にかかわらず、リコールは成立しませんでしたが、だからと言って不正署名(偽造署名)の提出を許せば、「民意の偽造」が幾らでもできてしまいます。そうやって偽造された民意が、何回か重なって増幅されれば、やがてそれが、実際の選挙の結果や解職運動の結果を左右する事態もありうるでしょう。

 そのような事態を防ぐために地方自治法は、

地方自治法
第74条の4
2項
条例の制定若しくは改廃の請求者の署名を偽造し若しくはその数を増減した者又は署名簿その他の条例の制定若しくは改廃の請求に必要な関係書類を抑留、毀壊若しくは奪取した者は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

第81条
1項
選挙権を有する者は、…以上の者の連署をもつて、その代表者から、普通地方公共団体の選挙管理委員会に対し、当該普通地方公共団体の長の解職の請求をすることができる。
2項
…第七十四条の二から第七十四条の四までの規定は前項の規定による請求者の署名について、第七十六条第二項及び第三項の規定は前項の請求について準用する。

と、決して軽くない刑事罰を定めています。

 従ってこの「不正署名」は、是が非でも厳正に調査され、上記罰則に該当するものは罰せられなければいけないものだといえます。

 問題は、「誰がこの不正署名を行った犯人か(誰が指示したのか。誰に責任があるのか)」なのですが、それは既に開始されている捜査の中で解明されるべきことですので、現時点でこれを論じることは自重させていただきたいと思います。

極めて特異な特徴・経緯がある運動

 ただ、誰が犯人かという問題は捜査に委ねるとしても、今般の愛知県知事リコール運動についての報道や、高須氏やボランティアとして参加した人たちのツイートを振り返ると、この運動には以下のような極めて特異な特徴・経過があることが分かります。

①集めた署名は、おそらくその場でチェック・集計されることはなく「手付かずで保管」に回された(参照)。
②保管に回された署名は、途中でチェック・集計されることなく保管場所を秘匿されたまま保管され続け、提出直前に集計された(参照参照参照)。
③提出時まで書式のチェックがなされることはなく、選管に出して初めて書式の不備が指摘された(参照)。
④このためボランティアが書式の不備を手書きで補正する為に集められた(参照)。この時多くのボランティアは、初めて署名に触れ、その中の数名が偽造署名に気が付き、マスコミに告発する事態となった(参照)。
⑤ところがこれを受けて高須氏、リコールの会事務局は、マスコミに告発したボランティアを刑事告訴した(参照参照)。
⑥さらに高須氏は、未だ全県の13%程度の有権者がいる自治体で期間が終わっていなかったにもかかわらずリコール運動の終了を宣言し(参照)、署名簿が返還された場合は溶解処分すると打ち出した(参照

 これらの特徴は、それ自体、高須氏を代表とするリコールの会が、そもそも最初からリコールを成立させる気がなかったか、そうでないならそうしなければならない理由があったからだとしか思えないものですので、以下、それぞれについて論じます。

愛知県知事リコールの署名活動中止を発表する高須克弥氏(左)、河村たかし名古屋市長=2020年11月7日、名古屋市中区

およそ考えられない「手付かずで保管」

 まず、「①集めた署名は、おそらくその場でチェック・集計される事はなく『手付かずで保管』された(参照)」ですが、これは高須氏をはじめとするリコールの会幹部が本当にリコールを成立させようとしていたのなら、およそ考えられない対応です。

 リコールの署名は、その書式や必要な記載事項が法律、政令で細かく決まっており、それを満たさなければ、せっかく集めても無効になります。署名を収集した段階で、署名年月日・住所・氏名・生年月日と押印をチェックしていないということは、考えにくいことです。

 今般の愛知県知事リコール運動では、署名収集受任者が、押印のない署名に自ら押印したとの報道もあり(参照)、「署名段階における押印のチェック」という初歩的かつ必須なことすら、現場で徹底されていなかった疑いは禁じ得ません(徹底されていたなら、押印のない署名があるはずがありません)。

 「署名段階で集計していない」も考えにくいことです。言うまでもなく、リコールは一定期間(2カ月)で一定数(86万6586人)の署名を集めなければ成立しません。リコールを成立させる気があったなら、86万6586人を8月25日~10月25日の61日間で割った「1日1万4206人」を日々達成できることを目指して、その日に集まった署名数を確認するのが普通だと思います。

 ほとんど1年をかけて3万件を集めた私の名簿集めでも、当然地区ごと、期間ごとに目標を定めて、其々の節目で、「今回は目標達成、今回は未達」と数字を共有し、叱咤激励しあいました。この様な集計と情報共有なしで、86万6586人の署名の収集という「大プロジェクト」を達成できるとは、少なくとも私には思えません。

 「①集めた署名は恐らくその場でチェック・集計される事はなく『手付かずで保管』された(参照)」こと自体が、高須氏を代表とするリコールの会は、そもそも最初からリコールを成立させる気がなかったか、そうでないならそうしなければならない理由があったからだとしか、私には思えないのです。

集計もせず保管場所を秘匿したまま保管は異例

 次の、「②保管に回された署名は、途中でチェック・集計されることなく保管場所を秘匿されたまま保管され続け、提出直前に集計された(参照参照参照)」もおよそ考え難いことです。

 前述の通り、リコールを成立させるつもりがあるなら、収集した署名のチェック・集計は欠かせません。まずは収集時に行いますが、時間的・場所的制約もありますので、通常の署名集めなら、署名収集から提出までの保管期間に、それ相応のスタッフを割り当てて署名のチェック・集計を行います。特にこういった名簿集めでは相当数の重複が出るのですが、これは収集時には分かりませんので、保管時にやるしかありません。

 私の名簿集めでも、当初は4万超の名簿が集まりましたが、整理したら3割近い重複があり3万になりました。重複には記憶違いによるものもありますが、多くは書く側も分かっていながら、複数の人に頼まれ、其々に書いてしまうものです。「分っている」と言っても、悪意というより「頼んでいる人の顔を立ててこの場は書いておこう。重複は事務局で整理するから問題ないだろう」などと考えてのことと思われ、それ自体責められるべきものでもありません。

 名簿を集める側としては、名簿集めを依頼した多数の人が、それぞれ同じ人に署名を依頼するくらい熱心に動いてくれているのはむしろ歓迎すべき状況ですので、重複は相当数出る前提で署名を集め、保管時にチェック・集計して実際に集まった署名の実数を管理するのが通常の在り方です。そしてその作業を行うためには、当然ながら、署名の保管場所をスタッフが共有していることが前提になります。

 防犯上の理由や個人情報保護の観点からマスコミには明かさないにしても、署名の提出時まで署名簿の保管場所を、高須院長と、おそらくは唯一の事務局スタッフである田中事務局長しか知らず、それ故当然ながら、チェック・集計が一切なされなかったというのは、極めて異例です。収集した署名のチェック・集計をする意思は、元より存在しなかったとしか考えられません。

 ここでも、「②保管に回された署名は、途中でチェック・集計されることなく保管場所を秘匿されたまま保管され続け、提出直前に集計された(参照参照参照)」こと自体が、そもそも高須氏を代表とするリコールの会は、最初からリコールを成立させる気はなかったか、そうでなければそうしなければならない理由があったからだとしか、思えないのです。

理解不能な事前チェックなし

 「③提出時まで書式のチェックがなされることはなく、選管に出して初めて書式の不備が指摘された(参照)」も、ほとんど理解ができないものです。

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