メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

沖縄県民投票に「意味はあった」~あれから2年、大浦湾に潜った

「辺野古」を国際人権法から考える(前編)

阿部 藹 琉球大学客員研究員

埋め立てが進む場所からおよそ2キロの場所にあるサンゴの群生(筆者撮影)

 米軍普天間飛行場の移設計画を巡り、沖縄県名護市辺野古沿岸部の埋め立ての賛否を問う県民投票が行われて、2月24日で2年が経過した。県民投票では投票総数の72%が反対票を投じ、辺野古沿岸部の埋め立てについて、沖縄県民は「反対」という明確な民意を示した。

 しかしその結果を受けて岩屋防衛相(当時)は「沖縄には沖縄の民主主義があり、国には国の民主主義がある」と述べ、民意を一顧だにしなかった。そして今、国は辺野古・大浦湾の埋め立てを着々と進めている。

 2年前、県民投票を実現しようと奔走した多くは沖縄の若者だった。その一人は2月23日、twitterでこう呟いた。

2.24県民投票に対して何もできなかった、何にもならなかった。という気持ちが無いわけではない。でもそれに飲み込まれないように気を張っていた二年間だった。沖縄は「表明」したんですよ。あの日だけじゃない。今まで表明してきたのにそれを掃き捨ててきた人たちのためにわざわざ。

 私は「県民投票を通じて沖縄が意思を表明したことは結局意味がなかったのでは」という思いを沖縄の若者に抱かせたこの国の仕組みと政府の姿勢に怒りを覚える。そしてこの国の仕組みを作り、そのような政府の姿勢を許してきた大人の一人として「意味はあった」と彼ら、彼女たちに伝えたいと思う。

 意味はあった。少なくとも、私が学んでいる国際人権法の観点から見ると、大きな意味があった。それを確かめるために先日、埋め立てが進む辺野古・大浦湾に潜ってみた。

辺野古の海を「先住民族の権利宣言」のレンズで見る

アオサンゴの群集(筆者撮影)

 2月21日、汀間漁港からボートで10分ほど、埋め立てが行われる現場の対岸にある「チリビシ」というポイントからエントリーするとすぐに、見渡す限りのアオサンゴの塊が目の前に迫ってきた。「北半球のアオサンゴ群集では最大規模」と報告されている大浦湾のアオサンゴは海の中の森のようにそびえ立ち、その周りには種々の魚が泳いでいた。

 アオサンゴだけではない。チリビシの浅瀬には様々なテーブルサンゴが広がる場所がある。今回案内をしてくれたダイビングショップ「桜海」の岩本俊紀さんによれば、4年前に海水温上昇が原因とみられる白化現象が確認されたが、海の状況が良いためか今では多くが回復しているという。

 大浦湾は「20平方キロメートルという小さな場所に約5300種もの海洋生物が生息する」と言われているが、潜って見るとその生物多様性の豊かさと生命力に改めて圧倒された。(大浦湾が生物学的にいかに貴重な地域なのかはこちらの記事「希望の海で保護の網をかける」で読むことができる)

浅場に広がるミドリイシ類(筆者撮影)

 続いて潜ったのは、「ハマサンゴ博物館」と呼ばれるポイント。大浦湾の出口に近く滑走路予定地の端からは約2キロだが、海底から高さ10メートルほどの「サンゴの山」が連なっていた。

 ただ、異変も起きている。岩本さんたちは定期的にサンゴ被度などを調査する「リーフチェック」を大浦湾で行っているが、去年の調査で分かったのが「テルピオス」というサンゴを覆って死に至らしめる厚さ1mmほどの黒いカイメンの増加傾向だ。詳しい生態は明らかになっていないが、専門家によれば他地域からの土砂などが入ってきた影響も考えられるという。

テルピオスに一部が覆われたサンゴ(黒くなっている部分)筆者撮影

 生物多様性に満ち、生物学的に貴重でありながら危機に直面する大浦湾。この海を国際人権法というレンズを通して見ると沖縄の人々の「権利」が立ち現れてくる。

 人種差別撤廃委員会や自由権規約委員会などの国連の人権条約機関は、これまで日本政府に対し、繰り返し沖縄(琉球)の人々を「Indigenous peoples(IP)」として認め、その権利を認めるよう促してきた。(Indigenous Peoplesは日本語では先住民族、先住人民と訳される。近年は「peoples」を民族ではなく人民と訳すべきという議論もあるが、ここでは一般的な先住民族という言葉を使用する)

 沖縄の人々が国際人権法上のIP・先住民族であるならば、日本も賛成した国連先住民族の権利宣言に基づき、沖縄の人々には様々な権利が認められる。その一つが伝統的に所有、占有してきた土地、領域、資源に対する権利であり、それらを使用し、開発し、管理する権利(26条)である。一方で、国はそれらの権利を承認し、保護を与えなければならないとされている。

サンゴとノコギリダイの群れ(筆者撮影)

 つまり、沖縄の人々が先住民族であるならば、豊かなサンゴのある大浦湾やその資源は沖縄の人々の固有の権利であり、日本政府はそれらの権利を承認し、保護する責任があるのだ。

十分な情報と自由な意思に基づいた事前の合意

 先住民族の権利宣言はさらに踏み込む。32条では、国が先住民族の土地や領域、資源に影響を及ぼす事業を行う際は、それに先立って十分な情報が公開され、自由な意思に基づいた形での先住民族の合意を得るために誠実に協議することを課している。この「十分な情報と自由な意思に基づいた事前の合意」はFPIC原則とも呼ばれ、先住民族の権利宣言の根幹をなす原則である。

 そしてこのFPIC原則こそ、2年前の県民投票で沖縄の人々が示した民意に「意味がある」と述べる理由である。

 沖縄の人々が先住民族であるならば、日本政府が国の事業として辺野古・大浦湾を埋め立て、米軍の基地を建設するためには、先住民族の権利宣言32条に基づき、沖縄の人々の自由な意思に基づく合意を得るために誠実に協議を行わなければならない。

 2019年2月24日に行われた県民投票では72%が埋め立て反対の票であったことから考えると、この埋め立て事業に沖縄の人々の「事前の合意」があったとは言えない。それにも関わらず、その翌日にも埋め立て工事は続いた。そして今、大浦湾では巨大な台船が何隻も停泊し、国の事業として日々工事が進められている。

展望台から工事が進む大浦湾を望む (筆者撮影)
 県民投票後の3月5日、参議院予算委員会で岩屋防衛相(当時)が、県民投票の結果に関わらず「あらかじめ事業について継続すると決めていた」と述べたこと、さらに県民投票を受けて玉城デニー知事が日米特別行動委員会に県を加えた三者協議を創設するよう要請した際に、安倍首相(当時)が「外交交渉なので政府が責任を持ち交渉を続ける」と述べて拒否したことなどから、国が沖縄の人々と「誠実な協議」を行ったとは言えない。

 沖縄の人々が先住民族であるならば、示された民意を顧みず、誠実な協議を行わないまま辺野古の埋め立て工事を強行している今の状況は、日本政府が先住民族の権利宣言の32条にあるFPIC原則を誠実に遵守していないという状況になる。

先住民族の権利宣言30条と沖縄の米軍基地

 ところで、「先住民族」というと伝統的、原始的な生活様式をしている民族集団のようなイメージを持つ人も多い。

 しかし国際人権法上の「先住民族」という言葉が指す人々は、必ずしもそのような集団ではない。国際人権法上、ある人々が先住民族であるかを考える時は、二つの点が考慮される。

 一つは客観的要素で、近代国家が設立する過程で、もともとそこの土地に暮らしていたにも関わらず植民地政策や同化政策によって、自らの土地や社会、言語や文化などが否定され、奪われてきた人々である、という点。もう一つが主観的要素で、自らをそのような「先住民族」であると認識しているかという点である。その際、政府による認定は必須要件ではない。

 国連の人権条約委員会が勧告で示しているように、沖縄の人々は客観的、歴史的な先住民族の特徴を有しているため、先住民族としての自己認識が共有されれば、日本政府が認定しなくても先住民族としての権利主張を行うことが可能だ。

 とはいえ、政府による認定は重要な意味がある。例えばアイヌ民族の場合、長年の取り組みが実って2008年にはアイヌの人々を先住民族として認める決議が衆参両院本会議で採択され、2019年にはアイヌの人々を「先住民族」と初めて明記したアイヌ新法が可決された。これを機に、アイヌ民族の権利を保護する国の責任が国際法上、そして国内法上明確になった。

 しかし、日本政府は沖縄については非常に頑なだ。国連の人権条約機関が沖縄の人々を先住民族として認め、その権利を保護するようにと勧告しているのに対し、日本政府は「沖縄に居住する日本国民も沖縄県出身の日本国民もひとしく日本国民であり、日本国民としての権利を全てひとしく保障されている」との趣旨の回答を繰り返し、日本における先住民族はアイヌの人々だけであり、沖縄の人々は含まれないとの姿勢を崩していない。

 この頑なな姿勢の背後には、先住民族の権利宣言の第30条の存在があるのではないかと勘ぐる人は多い。

 30条が定めているのは、先住民族の土地や領域での軍事活動の禁止だ。公共の利益によって正当化されるか、先住民族による合意や要請がある場合を除いて、その土地での軍事活動は行われないとされ、もし軍事活動で利用する際には先住民族との協議を行わなければならない。

 政府が沖縄の人々が先住民族であることを認めることは、日本政府として自らが賛成した先住民族の権利宣言第30条に基づき、沖縄にある在日米軍や自衛隊の軍事活動について大きな制約が生じるとことを認めるに等しいのだ。

辺野古の浜を区切るフェンス。この先は米軍に提供された区域(筆者撮影)

 埋め立て工事が行われている辺野古崎周辺は1959年から米軍によって軍事基地として利用されているが、日本政府が沖縄の人々を先住民族として認めれば、この地域を米軍に提供し続けるためには沖縄の人々と協議し、合意を得なくてはならなくなる。ここでも「辺野古の埋め立て反対」という民意を示した2年前の県民投票は大きな意味を持つことになる。

 更に言えば、「軍事利用するための合意」は辺野古に限らず、沖縄にある在日米軍施設すべてに関係することになる。日本政府が沖縄の人々を先住民族であると認めることに伴う影響は、これほどまでに大きい。

奪われてきた集団としての権利

 さて、私はこれまで「沖縄の人々が国際人権法上の先住民族ならば」と断って沖縄の人々の権利について考えてきた。その理由は、国際人権法に基づいて先住民族として権利を主張するために最も重要な要素はIP・先住民族としての自己認識であると考えられているからだ。

 沖縄の人々が先住民族なのかどうかは沖縄の人々が決定するべき事柄であり、“本土”出身の私が口を挟むべきことではないが、客観的事実として沖縄には先住民族としての自己認識を持っている人もいれば、そうでない人もいる。

 また、昨年9月の論座(『沖縄の翁⻑前知事が菅新政権の喉元に残した「楔」』)でも書いたように、日本が沖縄を植民地支配していた時代に植え付けたイメージである「後進性」を想起させるためか、先住民族という言葉に対する抵抗感も根強くある。これらは沖縄の人々が先住民族として権利の主張を行う際に足枷となりうるだろう。

 しかし、繰り返しになるが国際人権法上の先住民族は、原始的な生活様式を保持しているとか、経済や社会の発展の度合いなどから定義される人々ではない。国際人権法上の先住民族とは、近代国家が成立する中で植民地政策や同化政策によって自らの土地や社会、言語や文化などを奪われてきた人々であり、国連を舞台に連帯し、主権を持つ国家を相手に固有の権利を確立した誇り高い人々である。

 沖縄の人々がこれらの人々と連帯し、IP・先住民族として奪われてきた集団の権利を取り返そうとする時、県民投票で示した民意と、それが一顧だにされず辺野古の海が埋め立てられているという事実は、「民意の軽視」などの曖昧な問題ではなく、国際人権法に基づく重大な権利侵害として立ち現れてくる。だからこそ県民投票には意味があった、そしてこれからより大きな意味を持つように変えていくこともできる、と私は考える。

 これが辺野古の海と県民投票を国際人権法の先住民族の権利、というレンズで見たときに見える景色だ。一方で、国際人権法には他にもレンズが存在する。先住民族とは別のレンズで見た時にどのような景色が見えるのか、それは後編で考えたい。