民主主義の敵とは何か?「分断」ははたして悪なのか?
独自の意識調査で炙り出された日本人の価値観から考えた民主主義の未来
三浦瑠麗 国際政治学者・山猫総合研究所代表
「分断」を癒せる分野は経済にとどまる
バイデン大統領は勝利演説の中で、アメリカの傷を癒し、「分断」を修復すると約束した。大変いいメッセージであったと思う。だが、分断を癒すことができる分野は、経済にとどまるだろう。

『日本の分断―私たちの民主主義の未来について』(文春新書)
下の
図1を見ていただきたい。これはボーター・サーベイという調査プロジェクトの結果であり、2016年の大統領選後に行われた有権者8000人の価値観分布を示している。このグラフは新刊
『日本の分断―私たちの民主主義の未来について』(文春新書)にも収めてあるが、今のアメリカの分断を端的に、かつ視覚的に表したものである。
赤い点で示されたトランプに投票した回答者は、真ん中右寄りの上の方に固まっている。これは経済的には中道に近く、社会的には保守の人々である。一方、ヒラリーに投票した青い点で示される回答者は、圧倒的に左下に固まっている。これは経済的にはリベラルで大きな政府を好み、社会的にもリベラルな人が多いことを示している。
トランプ現象の本質を一言で表すのならば、人口的には右上の「第一象限」よりも左下の「第三象限」が圧倒的に多いため、もともと支持者が多い「第一象限」だけでは勝てないことを悟ったトランプが、左上の「第二象限」の支持獲得に本格的に乗り出した結果と言える。 第二象限には、白人労働者やヒスパニックの中産階級が多く、黒人男性の有権者もある程度分布しているとみられる(トランプが2020年の大統領選でヒスパニック票を伸ばし、黒人男性の2割弱をとったのは示唆的だ)。
私が前述の著書で述べている通り、今のアメリカは、保守、民主の二大政党の対立軸の壮大な組み換え期にある。具体的には、経済は中道をしっかりととりつつ、分断を「大きな政府」対「小さな政府」ではなく「社会保守」対「社会リベラル」に置きなおしていく時期なのである。政党が有権者が多く分布しているところに近づいていくのは、自然な動きだ。

図1 Democracy Fund, Voter Study Groupによる調査より許可を得て転載。日本語の見出しを付けた。
アメリカ政治の対立軸がすでに社会的なものに移行している以上、バイデンの「分断を癒す」というメッセージは、経済に偏らざるを得ない。実利重視でトランプの方を向いていた労働者票を取り返すには、外交安保はコンセンサス重視にして、環境政策以外はあまり派手なことをやらず、成長と分配をともに約束するしかない。
裏を返せば、バイデンは民主党内の急進派に寄り切られないようにしなければいけないということだ。議会の共和党の一部とも協力し、中道のコンセンサスに基づいた経済政策を推し進め、国力の回復にあたる。連邦レベルの最低賃金をめぐる攻防は、バイデン政権にとって最初の試練となるだろう。
政権交代交代可能な民主主義の「必要悪」
とはいえ、それで社会的な「分断」が癒えることはない。共和党側はむしろ、2022年の中間選挙に向けて、社会的分断を強調し、保守側の票を固めることに血道をあげるだろう。経済の回復はバイデンではなくトランプの手柄であることを再確認し、リベラルの欺瞞(ぎまん)を徹底的に衝くに違いない。
クオモ・ニューヨーク州知事のコロナ関連の報告の不正に加え、部下の複数の女性に対する不適切な言動の告発は、ふたつの意味で民主党にとって痛いはずだ。ひとつは、民主党内でまた一人、中道の大統領候補と目される人物がレースから脱落すること。もうひとつは、女性の権利を訴えてきた民主党が、ご都合主義で被害女性の告発を黙殺しているという、共和党からの批判を招くことだ。
ここでも、権威の失墜が民主主義の闘争度を高めている。ひとつの権威が失墜するたびに、急進派が勢いを得るという構造だ。このサイクルは当分終わりそうにない。しかし、民主主義と大衆化を前提とする限り、これには避けられないところがある。分断は政権交代可能な民主主義にとって「必要悪」であり、それなしには対立軸自体が成り立たないからだ。