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「ですから」は政治家に禁句、効果的な「エレベータートーク」 国会回りの知恵

連載・失敗だらけの役人人生⑬ 元防衛事務次官・黒江哲郎が語る教訓

黒江哲郎 元防衛事務次官

拡大2015年、参院で安保法制関連法案の審議が始まらず、深夜まで待つ官僚ら。左端は黒江氏=朝日新聞社

2017年まで防衛省で「背広組」トップの事務次官を務めた黒江哲郎さんの回顧録です。防衛問題の論考サイト「市ケ谷台論壇」での連載からの転載で、担当する藤田直央・朝日新聞編集委員の寸評も末尾にあります。

「エレベータートーク」

 国会担当の主要な立ち回り先の一つに、与党の国会対策委員会(国対)があります。与党国対は与党における国会運営の司令塔であり、予算案や法律案・条約案などの審議の順序や採決のタイミングなどを野党と折衝しながら差配しています。このため、各省庁の国会担当は、与党国対の先生方の理解を得て一日でも早く法案などの懸案事項を処理してもらおうと国対の部屋に日参します。

 政策担当部局にいた時には、国会対策といえば与党政調の部会が真っ先に頭に浮かび、政務三役経験者や防衛政策に造詣の深い先生方などへの根回しばかり気にしていました。その一方で、与党国対への説明は「法案審議に必要な手続きの一つ」というくらいの意識しか持っておらず、その重要性を十分理解していませんでした。防衛省全体にそういう傾向があったからかも知れませんが、事務次官を務めていた頃、当時の与党国対の先生から「防衛省はもっと国対との付き合いを大切にした方がいいよ」とやんわり苦言を呈されたことがありました。

拡大2001年、通常国会開会前に各省庁幹部を集めた法案説明会であいさつする大島理森・自民党国会対策委員長=国会内。朝日新聞社

 政府が法案を提出したら国会で自動的に審議が進んで行くという訳ではありません。国会は立法を行う機関ですが、同時に政治権力の闘争の場でもあります。その中で法案を通していくためには、必要性やスケジュールについて与党国対に認識を共有してもらい、野党との駆け引きの中でうまく後押ししてもらう必要があるのです。与党国対が作る国会運営戦略の中に位置付けてもらえなければ、法律案や条約案は国会を通りません。

 各省庁の国会担当の仕事は、予算案や法案の審議促進だけではありません。国会会期中における政務三役の出張や外交日程なども与党国対との重要な調整事項です。会期中の大臣以下政務幹部の海外出張については、野党は「最優先しなければならないはずの国会を軽視している」などと批判すべく虎視眈々と狙つています。与党国対も本会議採決などに影響を与えないよう議員の動向に神経質になっているので、よほど「不要不急ではない」「どうしても必要」という理由がつかない限りOKは出ません。

 そんな中で、多国間の国際会議など役所として是が非でも実現しなければならない出張がある場合には、各方面の了解を取り付けるため国対や議員運営委員会の先生方の間を走り回り、出張目的や日程の説明に汗をかかなければなりません。当然のことながら、国対は防衛問題に詳しい議員ばかりで構成されている訳ではありません。

 特に幹部の先生方は、国政全般の状況をにらみながら国会運営の戦略を組み立てていくので、防衛省の問題だけにかかわっている訳にはいきません。仮にアポが入ったとしても、説明時間はそんなに長くはとれないのです。急を要する案件の場合にはアポがとれず、国対の部屋の前の廊下で出待ち、入り待ちをすることもしょっちゅうあります。

 そんな時には、専門用語をふんだんに使った論点網羅型、思考過程紹介型の説明は役に立たないので、簡潔な資料を用いて短時間でわかりやすく説明する必要があります。エレベーターで同乗した相手に対して目的階に到着するまでの短い時間のうちにブリーフをして理解を得るエレベータートークという会話術がありますが、与党国対ヘの説明を繰り返す中で、私はその種の簡潔な説明の重要性を痛感しました。

拡大1987年、国会内でエレベーターに乗る中曽根康弘首相(奥)と竹下登幹事長(右)=朝日新聞社

 このため、自分が説明に赴く時には、必ず事前に「何を、どういう順序で、どのような例を引きながら話せば簡潔でわかりやすい説明になるか」を考え抜いて準備するように心がけました。説明用のペーパーは原則としてA4版で1枚とし、内容は前に紹介した必殺「3の字固め」で構成することとしていました。また、政策部門で身につけた「問題を抽象化して考える癖」が説明の引き出しを増やすことにつながり、短時間での効率的な説明に大いに役立ちました。


筆者

黒江哲郎

黒江哲郎(くろえ・てつろう) 元防衛事務次官

1958年山形県生まれ。東京大学法学部卒。81年防衛庁に文官の「背広組」として入り、省昇格後に運用企画局長や官房長、防衛政策局長など要職を歴任して2017年退官。現在は三井住友海上火災保険顧問

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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