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原発事故から10年、再び勃興する核武装論

保守派と核・原発、その主張の変遷

古谷経衡 文筆家

事故後の第一声は「核武装が遠のく」

 3.11および福島原発事故から10年になる。「月日は百代の過客にして~」とはよく言ったものだが、私たちはあの地震と事故をただ行き交う旅人のように風景の中に落とし込んではならない。

 2011年3月中旬。保守業界の中枢に近いところにいた私は、福島第一原発における危機的な状況に対し頑なまでに「原発安全」神話を唱える保守派の醜悪ともいえる姿勢を目にした。

 当時私は或る保守系雑誌の編集員をやっていた。よって原発事故に関する鼎談に隣席することになったわけだが、参加者で保守派のある古老は、福島原発の原子炉建屋が水素爆発で吹き飛んでいるという危機的な状況にあって、第一声が「これで日本の核武装が遠のく」であった。

 事故による汚染、首都圏までも放射線量が上昇する、という非常事態にあってまず彼らが一番に憂慮したのは避難民や現地で事故対応に当たる警察・消防・自衛隊員・技術者等の健康ではなく日本の核武装の行く末だった。

水素爆発を起こし、白煙状の湯気を噴き上げている東京電力・福島第一原子力発電所3号機(中央)=2011年3月14日、米デジタルグローブ提供水素爆発を起こし、白煙状の湯気を噴き上げている東京電力・福島第一原子力発電所3号機(中央)=2011年3月14日、米デジタルグローブ提供

核武装のための「原発維持」の矛盾

 日本の保守派は、現在に至るまで原子力発電所存在の大義に「潜在的核武装を担保するため」を掲げ、よって金科玉条の如く原発維持を叫んできた。

 日本の原発は現在、廃炉作業中を含めて54基あるのは既知のとおりであり、2011年3月の震災直前まで、原発からの電力で日本の電力需要の約30%を賄っていた。この54基の原発は全て軽水炉である。通常、核兵器(長崎型原爆)を製造するためのプルトニウムには、「兵器級」と呼ばれるプルトニウムが必要であるが、軽水炉からは核兵器製造になじまない「原子炉級プルトニウム」しか生成されないのである。よって日本の軽水炉を幾ら護持しても、それがすなわち核兵器製造につながるわけではない。

 もっとも、インドは1970年代、原子炉級プルトニウムで核兵器を製造したという情報があり、炉心を頻繁に停止するなどの技術的困難が伴うが、原子炉級プルトニウムからでも核兵器製造は不可能ではない、とする見方もある。しかしながら核兵器製造に際して最も近道なのは、黒鉛減速炉(以下黒鉛炉)から出される兵器に適するプルトニウムで、1986年に事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所も黒鉛炉である。

 だが繰り返すように、日本にあるのは全て軽水炉である(正確には茨城県東海村に黒鉛炉があったが、廃炉作業中)。日本が核武装するなら、黒鉛炉をつくって兵器級プルトニウムを抽出するか、核兵器製造に特化した原子炉(および濃縮・再処理技術)が必要だが、日本の保守派はこういった議論はあまり得意ではなく、軽水炉54基の維持にこだわり続けている。

 むろん、軽水炉から出る原子炉級プルトニウムは、所謂ダーティ・ボム(核廃棄物爆弾)を製造することについてはかなり有効である。ダーティ・ボムは核分裂を伴わず、目的地帯を広範に汚染させる能力を持つとさせる(よって、この種の爆弾がテロリストに使用されることが危惧されている)。だが保守派が想定する北朝鮮や中国への核抑止として、ダーティ・ボムを創るのは軍事的抑止力として大きく疑問である。保守派が目指す日本の核武装は、あくまで長崎型原爆の製造・および小型化した核弾頭を搭載した弾道ミサイルの保有等であり、ダーティ・ボムの製造ではない。

「もんじゅ」の維持も叫んだが

 一方、日本の保守派が言う「潜在的核保有能力」の担保の為に、54基の軽水炉の維持のほかに声高に叫んだのは高速増殖炉『もんじゅ』の維持である。

 もんじゅを運転させると、兵器級プルトニウムであるプルトニウム239が生成される。既知の通り、もんじゅは2兆円を超える巨費をかけて建造・運転されたが、1995年に出力45%の試験運転中にナトリウム漏れ事故により運転を停止。その後再稼働を目指したが2010年に炉内にクレーン中継器が落下する事故が起こって以来、またも稼働できなくなり、震災を経て廃炉方針となった。

 これにも保守派は強く反発した。もんじゅが安定的に稼働すると、核兵器製造に必要な兵器級プルトニウムが容易に手に入る。そして日本はすでにウラン濃縮・再処理技術を持っているので、核武装の前提条件が「一応」そろう――、という理屈である。だが材料はそろっても、核武装のためには日本はNPT体制から脱退せざるを得ず、これが現実的に難しいので、とりあえず軽水炉54基維持ともんじゅ廃止の愚を説き続けた。

廃炉作業が進む高速増殖原型炉「もんじゅ」=2019年7月25日、福井県敦賀市、朝日新聞社ヘリから廃炉作業が進む高速増殖原型炉「もんじゅ」=2019年7月25日、福井県敦賀市、朝日新聞社ヘリから

実行されなかった「汚染水はコーヒーに使うレベル」

 実際に3.11と福島原発当時、日本の保守派は、福島の原発事故は想定外の津波で電源喪失しただけであり、地震の揺れそのものには耐えた――よって安全である、と喧伝した。しかし事故調の検証により、現在では3.11の地震の揺れそのものによって、原子炉施設の損傷が明らかになっている。福島第一原発は、津波が到達する前の段階で損傷していたのである。

 この事実が明るみになるや否や、今度は保守派は、「原発事故は不可抗力としても、放射能汚染は恐るるに足らない」という珍説を展開しだした。保守系言論人で都知事選挙にも出馬した航空自衛隊の元重鎮は「福島原発の汚染水はヨーロッパ、アメリカにもっていけば、コーヒー、お茶に使う水だ」と発言して大きな顰蹙を買った。「福島は安全であり、汚染されていない」として、「福イチの正門前に土地を買って住みたい」とか「自分が炉心に水を入れてくる」とか「チェルノブイリに比べればレベル7は大げさに過ぎる、せいぜいがレベル5程度」という根拠のない言説が彼らの界隈の中で大手を振って歩きだした。

 だがあの事故から10年を経ても、当時そう放言した人々は福島原発の近くに移住するどころか、福島に行こうともしなかった。もちろん、汚染水でコーヒーを飲んだこともなかった。

「放射脳」という呪詛

 福島原発事故が様々な幸運と努力を経て冷温停止状態になると、従前から原発に懐疑的だった進歩派や革新政党が「脱原発」の大きな運動を展開して大衆運動となった。今度は保守派は、潜在的核武装の為に原発やもんじゅが必要だ――、という従来の主張をかなぐり捨てて、単に彼らが政治的に自分たちと反対の位置にいるというだけで、脱原発運動やそれを支持する人々を「放射脳」といって嘲笑った。

 保守系言論人がネット動画で垂れ流す野放図な「放射能(汚染)は怖くない」という主張に扇動されて、ネット上では「#放射脳」という呪詛のハッシュタグが乱舞し、「原発事故ではだれも死んでいない」と大真面目に喧伝する人々が続出した。確かに、チェルノブイリ事故では放射線防護の観念を持たず、正確な情報もないまま、初期消火に駆け付けた消防隊員らが急性被曝死している。福島原発事故ではそうした事例は無かったものの、原発事故で避難を余儀なくされた被災者が生業の継続や将来を悲観して自殺している。これは原発関連死であり、れっきとした犠牲者だが、彼らはこういった事実を「#放射脳」と言って一笑に附した。

 日本の潜在的核武装の為には54基の軽水炉が必要、というそもそもかなり強引で矛盾した理屈から出発した保守派による原発擁護論は、もんじゅ再稼働が不可能となってくると、今度は単なる「自分とは価値観の違う人々への攻撃」へと転換して今に至っている。

国土を汚され、怒るべき保守派が

帰還困難区域内では、今後復興の拠点となる場所にある民家の解体が進んでいた=2020年3月11日、福島県双葉町帰還困難区域内では、今後復興の拠点となる場所にある民家の解体が進んでいた=2020年3月11日、福島県双葉町

 現在に至るまで、福島県浜通り等には帰還困難区域が設定され、事実上日本の国土の一部分が利用不可になっている。寸土でも領土にこだわる保守派は、かけがえのない国土が汚染されたことに対してほとんど何の疼痛も感じていない。原発事故により国土が汚染され、未来永劫ではないにせよ国土が放射性物質に犯された事実に、最も烈火の如く怒るべきは保守派であるはずだが、一部の良識派を除いて、保守界隈は現在でも、国土の一時的利用不能に対して何のパトリオティズムも持ちえないようである。

 そしてまたぞろ、原発事故の恐怖を忘れて日本核武装論が勃興しつつある。「もんじゅ」廃炉が決定的となった今、停止中の軽水炉を稼働させ、IAEAを欺瞞し、技術的困難を乗り越えて軽水炉からでる「原子炉級プルトニウム」を何とか処理して核兵器を製造。それを小型化し弾道ミサイルに搭載して地上・水中に配備し、NPT体制から脱退を宣言するよりも、はるかに憲法改正の方がハードルが低いと思うが、またも保守派の日本核武装論(潜在的核武装論)は原発事故から10年を経るまでもなく、まるで原発事故など無かったかのように蘇っている。

事実誤認と願望混じりの核武装論

gerasimov_foto_174/shutterstock.comgerasimov_foto_174/shutterstock.com

 政治決断さえあれば日本はわずか2年で核弾頭付きの弾道・巡航ミサイルを配備できる能力がある、と私は判断している。日本の原子力政策、なかんずく高速増殖炉「もんじゅ」をずっと維持してきたことをみれば「米国の核の傘がなくなった場合、独自の核武装が必要になる」との意思が日本の指導者層の中に脈々と受け継がれてきたように思えてならない。

(麻生幾「麻生幾が語る日本が核武装する日」月刊正論2017年11月号)

 第2次トランプ政権で予想される在日米軍の整理縮小と相まって、日本の核武装が俎上に載るかもしれない。それを考えると、就任会見で否定はしたものの、かつて「核武装論」を展開した岸防衛相の評価がさらに高まる可能性がある。(中略)日本や台湾を守るという視点では、高機能の巡航ミサイルはおろか、核兵器の購入も現実味を帯びる情勢の中で、岸防衛相の存在は重要と言えるだろう。

(吉川圭一、“トランプとの関係に懸念の菅外交、払拭の要は岸防衛相しかいない”iRONNA,2020年10月5日)

 前者の麻生氏はそもそも日本の核武装には「もんじゅ」が必要だと思い込んでいるようだが、技術的に難路である「もんじゅ」を維持するよりも、核兵器製造に適するプルトニウムを抽出するには、黒鉛炉を作る方が早い。事実、核実験を繰り返した北朝鮮に高速増殖炉は存在しないどころか、軽水炉も存在していないのである。

 後者の吉川氏はこの時点でトランプ前大統領の再選を前提にしたものだが、トランプは敗北し、「核兵器の購入も現実味を帯びる情勢」が日本に現出しているようにはどう評価しても思えない。荒唐無稽とも呼べる現状認識であろう。護衛艦や戦闘機を他国から買うというのなら分かるが、核兵器を購入することは相手側にとって最高の軍事機密の漏洩であり、それが米国なら尚更許諾するわけがない。核兵器を他国から購入することが容易なら、とっくにイランは中国やロシアやパキスタンから核兵器を買って核武装しているはずだが、現実的にはそうなっていない。

 このように、事実誤認と願望が入れ混ざった日本核武装論が、「リアリスト」を自称する保守派からじわりじわりと沸き起こっては消えている。それは常に不思議なほど、原発(軽水炉)の維持、「もんじゅ」廃炉方針の撤回という理論上整合性の乏しい言説と一体となって展開される。

 日本にある軽水炉54基を全て廃炉にして、完全な脱原発を達成したうえで、核兵器製造用のウラン濃縮工場から兵器級のプルトニウムを抽出して核弾頭を作る――というのなら百歩譲ってまだしも筋が通っているが、日本の保守派からそういった言説を聞いたことはまるで無い。

 【編集部から】

 論座では、東日本大震災と原発事故から10年を迎えるにあたり、関連するこれまでの論考の一部を「3.11アーカイブ」と題して、3月いっぱい、無料で公開いたします。

 たとえば、次のような論考を無料公開しています。

 元首相は映画『Fukushima 50』をどう見たか 菅直人インタビュー 【1】【2】 

 福島原発事故の本当の怖さ教える「フクシマ・フィフティー」と最悪シナリオ

 詳細はこちらでご案内しています。