米中対立下の「同盟管理」を竹内行夫・元外務次官と考える
2021年03月09日
米国防総省の報道官が日本の主権は尖閣諸島に及ぶと発言しながら、3日後に訂正して謝罪――。バイデン政権発足早々の2月末に起きたこの騒動は、一体何を意味するのか。
日米の「同盟管理」に長年携わり、「外交戦略は細部に宿る」としてこの問題を重視する竹内行夫・元外務事務次官と考えた。
騒動をおさらいする。2月23日、ワシントンの国防総省で行われたカービー報道官の記者会見。日本の海上保安庁にあたる中国海警局の船舶による尖閣周辺領海への侵入について問われたカービー氏は、国際法違反を続ける中国に同盟国とともに対応すると語った。そしてうまく言えなかったとして、こう言い直した。
「我々は日本の主権を支持する。中国に海警船舶を用いる行動を避けるよう促す。誤算による実害が生じうるためだ」
ところが2月26日の記者会見で質疑に入る前に、3日前の発言を訂正するとして「尖閣諸島の主権に関する米国の政策に変更はない」とし、「先日の誤りを遺憾に思う。混乱を招いたことを謝罪する」と述べたのだ。
ちなみにカービー氏はバイデン政権発足で現職に就いたばかりだが、経験は豊かだ。海軍出身で海軍省報道官(少将)まで務めて2015年に退官し、その後も国務省報道官やCNNの軍事・外交アナリストになった。それでも、この謝罪はかなりわかりにくかった。
尖閣の主権について、日本を支持した発言は誤りだったとするが、前提となる「米国の政策」とは何なのか。「変更はない」とすれば、国のトップの大統領発言としては「We don’t take a position(立場を取らない)」(2014年のオバマ氏)ということになるが、カービー氏はそこまでは述べていない。
しかもカービー氏はこの訂正発言の際、尖閣に言及して「米国は現状を変えようとするいかなる一方的行動にも反対する」と強調。中国を牽制する姿勢は3日前と同じなのだ。
カービー氏は、最初の発言を自分のミスとしつつ、訂正発言にあたっては「詳しくは国務省の同僚に」とも語り、日本や中国との関係もふまえ尖閣問題に外交的に対応する国務省と調整したことを示唆。米政府内でのこの問題の複雑さをうかがわせた。
日中がにらみ合う尖閣問題に米国がどういう姿勢で臨むかについて、日本政府は当然神経を尖らせている。私の取材では、「日本の主権を支持」というカービー氏の最初の発言を日本側でも唐突に思い、米側に問い合わせた。そこから訂正発言に至る過程では、日米間で調整があった。
そうした調整ができた背景には、2014年のオバマ発言以来、あるいはさらにさかのぼる1990年代からの、尖閣問題をめぐる日米間での「同盟管理」の蓄積があった。そう語るのは、現役外交官の頃からこの件に関わり続ける竹内行夫・元外務事務次官だ。米国公使や外務省の条約局長、北米局長などを歴任。2005年に退官後、最高裁判事も務めた。
ここからは竹内氏へのインタビューをふまえ、この騒動の背景と教訓を探る。
まず2014年のオバマ発言を抑えておく。4月24日、東京で安倍晋三首相と会談した後の共同記者会見。オバマ氏は「日本の安全に対する我々の(日米安全保障)条約上の誓約は絶対だ。第5条は尖閣諸島を含め日本の施政下のすべての領域を対象とする」と語った。
日米安保条約第5条は「日本の施政下にある領域」での米国の防衛義務を定めたものだ。尖閣がその対象となることを米大統領が初めて明言したということで当時大きく報じられたが、竹内氏はそれとセットでオバマ氏が表明した姿勢に「言ってほしくなかった」と強い懸念を抱いた。「尖閣諸島の主権の最終的な帰属について我々は立場を取らない」というフレーズだ。
「第5条は日本の施政下にある領域に『武力攻撃』があった場合の対処を定めているだけです。そこに、米国の大統領が尖閣の『主権については立場を取らない』と言ってしまいました。尖閣周辺に公船を送り込んで実効支配を強めようとする中国がそれを聞き、『武力攻撃に至らない活動ならば大丈夫。米国は文句を言わないだろう』と考えても不思議はありません」
「つまり、米国は中国の活動を抑止するどころか、領有権主張のための活動を展開することについて安心感を与えるメッセージを与えてしまったのです。残念ながら、その後の中国の行動がそれを立証しています」
だが、オバマ氏の発言当時、外務省からは「満額回答」との評価も聞こえてきた。緩みが気になった竹内氏はOBとして助言しようと、「尖閣の主権問題で立場を取らない米国は、無責任とは言わないが奇妙では?」というタイトルの個人的な英文メモを作った。米国を説得する材料を集めた「ファクト・シート」だ。
日本の主権回復と尖閣を含む南西諸島での米国の施政権行使を定めたサンフランシスコ講和条約を1951年に署名した際、米国代表ダレスがこれらの諸島での主権は日本に残存すると提案説明したこと。1971年に日米が沖縄返還協定に署名した際、合意議事録に示された返還の範囲に尖閣諸島が示されていること等々を列記。尖閣問題で米国は中立の第三者どころか、当事者として日本の主権を認めるべきだという主張を込めた。
竹内氏は2014年のオバマ来日後に国際セミナーに招かれワシントンを訪問。その際に日米の旧知の知人たちにこのメモを渡し、尖閣の主権について米国が「立場を取らない」と表明しないようにする意義を強調した。
翌年に安倍氏が訪米した際の首脳会談後の共同会見で、オバマ氏は再び尖閣への第5条適用を明言したが、「主権について立場を取らない」とは述べなかった。こうした姿勢はその後のトランプ政権、バイデン政権でも保たれている。竹内氏はこうみる。
「外務省や在米大使館が働きかけ続けた結果だと思います。カービー氏の発言について言えば、尖閣について日本の主権を支持した最初の発言の方が自然な解釈ですが、米国の公式見解はまだそこまで行っていない。だから訂正されたのですが、『主権について立場は取らない』という言葉は出なかった。それも日本外交の積み重ねあってのことでしょう」
国家間の協力が軍事面に及ぶほど強い同盟関係にあっても、それぞれの国益の違いから足並みがそろわないことはままある。それが露呈して他国につけ込まれることがないように努めることを「同盟管理」と呼ぶ。
日米の同盟管理にとって、台頭する中国への対処が鋭く問われる尖閣問題は注意深い扱いが必要だ。日米とも中国と経済的な関係が深い一方、中国の海洋進出で東シナ海で緊張が生じているが、日米間には太平洋があり中国との距離が大きく違う。中台問題に日米がそれぞれどこまで関与するかが、尖閣問題をめぐる同盟管理をさらに複雑にする変数となる。
米国はかつてソ連と対立した冷戦下で、1970年代から中国とは関係改善を図った。竹内氏はその頃からこの難題に腐心してきた。
前述のように、米国が日本に沖縄の施政権を返還する際は日本の主権が尖閣に及ぶことが前提となっていたが、米国の立場がぶれ出したのはまさにその返還協定に署名する1971年のニクソン政権下だった。国務省が尖閣問題について「紛争解決は当事者間で」と言い始め、後の「主権について立場は取らない」という方針へつながっていく。
竹内氏は「この当時から米国が一貫して尖閣での日本の主権を明確に認めていたなら、中国は今のように大胆な活動をしなかったかもしれない。キッシンジャーとニクソンの戦略的大失策であった」と語る。
当時米国はまだ中国ではなく台湾と国交があり、台湾は尖閣での主権を主張し日本への返還に反対。米台間には台湾の繊維輸出規制をめぐる厳しい交渉もあった。また、国連代表権問題で台湾より中国が優勢となる中で米国は中国との国交正常化へ動き、キッシンジャー大統領補佐官の極秘訪中を経てニクソン大統領が北京を訪問。米国は中台との関係が激しく揺れる中で、火種の尖閣問題に距離を置くようになる。
在英大使館書記官としてロンドンにいた竹内氏も、台湾系の華僑団体から沖縄返還に対する抗議文を受け取るなどそうした激動に接した。東京に戻って外務省条約局の事務官となってからは様々な資料に接しながら、沖縄返還を境に他人事のように尖閣の主権についてあいまいになった米国の姿勢を疑問視し、いかに引き戻すかを考えるようになった。
竹内氏のような問題意識への対応を、同盟管理の文脈において日本政府が切実に迫られたのが、1993~2001年のクリントン政権下だった。冷戦終結で日米同盟の軍事的意義が問い直される一方、経済的には政権の前半は日本との貿易摩擦が尾を引き、後半は停滞する日本よりも成長する中国を重視する姿勢が目立った。
そんな中で1996年、モンデール駐日大使の発言が飛び出した。米紙のインタビューに、尖閣の主権について「米国は立場を取らない」、尖閣をめぐる紛争で「米軍は日米安保条約による介入を強制されることはないだろう」と語ったのだ。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください