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「尖閣に日本の主権」発言を訂正 米国防総省報道官の謝罪騒ぎは何だったのか

米中対立下の「同盟管理」を竹内行夫・元外務次官と考える

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

キャンベル氏の助け舟

 国家間の協力が軍事面に及ぶほど強い同盟関係にあっても、それぞれの国益の違いから足並みがそろわないことはままある。それが露呈して他国につけ込まれることがないように努めることを「同盟管理」と呼ぶ。

 日米の同盟管理にとって、台頭する中国への対処が鋭く問われる尖閣問題は注意深い扱いが必要だ。日米とも中国と経済的な関係が深い一方、中国の海洋進出で東シナ海で緊張が生じているが、日米間には太平洋があり中国との距離が大きく違う。中台問題に日米がそれぞれどこまで関与するかが、尖閣問題をめぐる同盟管理をさらに複雑にする変数となる。

拡大朝日新聞社

 米国はかつてソ連と対立した冷戦下で、1970年代から中国とは関係改善を図った。竹内氏はその頃からこの難題に腐心してきた。

 前述のように、米国が日本に沖縄の施政権を返還する際は日本の主権が尖閣に及ぶことが前提となっていたが、米国の立場がぶれ出したのはまさにその返還協定に署名する1971年のニクソン政権下だった。国務省が尖閣問題について「紛争解決は当事者間で」と言い始め、後の「主権について立場は取らない」という方針へつながっていく。

 竹内氏は「この当時から米国が一貫して尖閣での日本の主権を明確に認めていたなら、中国は今のように大胆な活動をしなかったかもしれない。キッシンジャーとニクソンの戦略的大失策であった」と語る。

 当時米国はまだ中国ではなく台湾と国交があり、台湾は尖閣での主権を主張し日本への返還に反対。米台間には台湾の繊維輸出規制をめぐる厳しい交渉もあった。また、国連代表権問題で台湾より中国が優勢となる中で米国は中国との国交正常化へ動き、キッシンジャー大統領補佐官の極秘訪中を経てニクソン大統領が北京を訪問。米国は中台との関係が激しく揺れる中で、火種の尖閣問題に距離を置くようになる。

拡大1972年2月に訪中し、周恩来首相(中央)と杭州の西湖公園を訪れたニクソン大統領(左)=米政府提供。ニクソン大統領図書館・博物館のサイトより

 在英大使館書記官としてロンドンにいた竹内氏も、台湾系の華僑団体から沖縄返還に対する抗議文を受け取るなどそうした激動に接した。東京に戻って外務省条約局の事務官となってからは様々な資料に接しながら、沖縄返還を境に他人事のように尖閣の主権についてあいまいになった米国の姿勢を疑問視し、いかに引き戻すかを考えるようになった。

 竹内氏のような問題意識への対応を、同盟管理の文脈において日本政府が切実に迫られたのが、1993~2001年のクリントン政権下だった。冷戦終結で日米同盟の軍事的意義が問い直される一方、経済的には政権の前半は日本との貿易摩擦が尾を引き、後半は停滞する日本よりも成長する中国を重視する姿勢が目立った。

 そんな中で1996年、モンデール駐日大使の発言が飛び出した。米紙のインタビューに、尖閣の主権について「米国は立場を取らない」、尖閣をめぐる紛争で「米軍は日米安保条約による介入を強制されることはないだろう」と語ったのだ。

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筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)、日独で取材した『ナショナリズムを陶冶する』(朝日新聞出版)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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