甘粕代三(あまかす・だいぞう) 売文家
1960年東京生まれ。早大在学中に中国政府給費留学生として2年間中国留学、卒業後、新聞、民放台北支局長などをへて現業。時事評論、競馬評論を日本だけでなく中国・台湾・香港などでも展開中。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
漁船追尾、「危害射撃」、様相は「開戦前夜」
先ずは海警法が何を規定しているのか、理解しなければならない。
海警法は①中国の「管轄海域」で、国家主権や海洋権益に危害を与える行為を予防、制止、排除する②外国政府の船舶が管轄海域に入った場合は、強制的に退去させることができる③外国の組織や個人に主権や管轄権が侵害された場合には、武器の使用を含む一切の必要な措置を取ることができる――としている。ここで問題になるのは「管轄水域」である。
現在168の国と地域、欧州連合が批准している国連海洋法条約は海洋法に関する包括的制度を規定している海の“国際憲法”とでもいうべき条約で、日本、中国はともに1996年に批准、発効している。この条約は領海(領土から12海里)および接続水域(さらに12海里)、排他的経済水域(=EEZ、200海里)、大陸棚、紛争解決のための国際海洋法裁判所設置などを規定。しかし、「管轄水域」に関しては何の規定もできていない。
中国のいう管轄水域とは自らが主張する領土、即ち尖閣を起点とした領海、接続水域、排他的経済水域を指してのことであることは言を俟たない。また、中国は同条約が規定する大陸棚に関して沖縄諸島西側の沖縄海溝までの主権を主張し、2012年には大陸棚限界委員会に大陸棚延長申請を提出している。これは日中中間線よりも更に東、つまり日本側に張り出す形となるため、中国の領土的野心拡大と日本では受け止められた。
国連海洋法条約は紛争解決の舞台として国際海洋法裁判所を開設しているが、尖閣水域の現状を見ても明らかなように、条約と裁判所が領土紛争解決に向けた全知全能の斧になってはいないことは明らかだ。領土紛争が武力以外の手段で解決した例が世界史にも稀であるように、国際海洋法裁判所も国際司法裁判所も蟷螂の斧と言わざるを得ない。これが尖閣をめぐる過酷な現実なのである。
海警局の歴史は実は浅い。それまで中国国務院5官庁に分散していた海上保安機関を2013年、一つにまとめた組織である。時あたかも日本が尖閣を「国有化」した翌年のことである。そして5年後の2018年には中国共産党中央軍事委員会が指揮する人民武装警察部隊の下に置かれる。この時、同時に武装警察隊自体も国務院傘下から党軍事委員会の組織となっている。
ある中国研究者はこの組織改編の背景と目的を次のように語る。
「武装警察は人民解放軍と同じく不正・腐敗・汚職がつきものでした。例えばカラオケ店です。お色気、お持ち帰りサービスのあるカラオケ店でも解放軍、武装警察隊の経営であれば警察は手を出せないのです。それをいいことに荒稼ぎをしたのです。カラオケ店はそうした一例にすぎず、額が桁違いの不正も横行していました。こうした腐敗撲滅のために武装警察隊を国務院から党軍事委員会直轄にしたのです。海警局を武装警察隊傘下に収めたのも同じ理由からです。そして2月1日に施行された海警法は国内法に過ぎず、これまで皆無だった海上行動に関する国内法を整備して暴走、暴発を防ぐという狙いが主眼であったと見ることもできます」
これが日本の報道にかかると、人民解放軍の指揮下、海警局艦艇には銃のようなものが装備され……と極めて禍々しいものになる。しかし、アメリカのコーストガードが国防総省配下の5軍の一つに数えられるように、海上保安機構はどこの国でも武装した軍の補完勢力と位置付けられている。
日本の海上保安庁とてその例外ではない。ただ平和憲法があるために、それを白日の下にさらすことができないだけだ。上陸の事態を想定しても警職法という古証文しか出すことのできないのが日本の置かれている現状なのである。
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