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雇用保険の過少給付問題は終わらない 謝罪を“外注”する厚労省

勤労統計調査の不正発覚から2年。今も続く追加給付。コールセンターが不満のはけ口に

山本章子 琉球大学准教授

 2019年1月に大きく報じられ、国会で野党が第2次安倍晋三政権を厳しく追及した、雇用保険や労災保険などの過少給付の問題を覚えているだろうか。本来、雇用保険、労災保険としてもらえるはずの推計1973万人分、総額537億5000万円もの支給もれがあったことが発覚した一件である。

 なぜ、そんなことが起きたのか。賃金や労働時間の動向を把握するため、厚生労働省が毎月行っている「毎月勤労統計調査」で、従業員が500人以上の大規模な事業所について、すべて調査することになっていたにもかかわらず、東京都内ではおよそ三分の一の事業所しか調べていなかったのが原因だ。2004年から不適切な手法がとられ、一部の職員は問題を認識しながら、組織全体で共有せずに放置していたことが、事態の拡大を招いた。

厚生労働省が入る合同庁舎=東京都千代田区

発覚から2年たっても終わらない追加給付

 厚生労働省は2019年3月、過少分の追加給付を始めると発表。同年中に全対象者への給付を行うという見込みを示した。追加給付申請から給付までの手続きに要する時間は1カ月程度との想定だった。

 ところが、それから2年たった現在も、追加給付は完了していない。過少給付者の確認作業と追加給付手続きが、各地のハローワークと厚生労働省にまたがっていて煩雑なことに加え、2020年に入ってからコロナ対応で追加給付業務が縮小されたためだ。

 しかも、追加給付業務の遅れの「ツケ」が、沖縄のコールセンターにまわっている。全国の追加給付対象者からの苦情が、厚生労働省から追加給付に関する対応を委託された沖縄のコールセンターに殺到しているのだ。苦情に応じているのは、コロナ禍で仕事がなくなった観光業や飲食業で働いていた人々だ。

沖縄のコールセンターで対応

 コールセンターを運営するのは、ファーストフードやカード会社など幅広い業態の企業のコールセンター業務を請け負うトランス・コスモス社(本社・東京)。沖縄県那覇市と沖縄市の2カ所のオフィスで、それぞれ約40人のスタッフが常時、追加給付に関する問い合わせへの対応を行っている。

 私は本稿で書く事実をトランス・コスモスの沖縄オフィスで働く人から直接、聞いた(プライバシーを守るため、証言者の詳細は明らかにしない)。それによると、追加給付に関する問い合わせ窓口は、全国でも沖縄のこの2カ所にしかないという。人件費のコストをおさえるために、最低賃金が792円と全国一低い沖縄においたと考えられる。ちなみに東京の最低賃金は1013円である。

 スタッフの時給は、「週5」で働く派遣社員の場合は1150円(週4だと時給1050円)になる。トランス・コスモスと直接雇用関係にある契約社員もいるが、そちらの給与は不明だ。

通知書類は黄色、水色、緑色の3種類

 雇用保険等の申請窓口となり、振り込み手続きをするのは各地のハローワークだ。そこで、過去にハローワークで手続きをした人々の中から追加給付の対象、もしくはその可能性のある者が抽出され、厚生労働省からの「お知らせ」と書かれた通知書類が送られる。

 追加給付が確定している場合には黄色い書類が届き、振り込み口座の確認を求められる。

 追加給付の可能性がある場合には水色の書類が届く。ハローワークに登録された住所と、住民基本台帳に記載された住所が一致しなかったり、オンラインで雇用保険等の手続きをしたため、ハローワークに住所の登録がなかったりする場合、水色扱いとなる。追加給付対象者に同姓同名や同じ生年月日の者がいた場合にも、本人確認を要するため水色の書類が送られる。

 追加給付対象者が手続きの前や途中で亡くなった場合には、遺族に手続きを求める緑色の書類が届く。

umaruchan4678/shutterstock.com

問い合わせ電話の圧倒的多数はクレーム

 厚労省名で追加給付の通知書類が送られた翌日から約2週間は、トランス・コスモスの沖縄オフィスに、問い合わせの電話がひっきりなしにかかってくるという。内容はさまざまだ。

 書類の不備に対する指摘。雇用保険等を申請した当時の記憶があいまいで、事実関係を確認したいという問い合わせ。複数ハローワークから通知書類が来たことへの相談もある。対象者の住所移転などにより、複数のハローワークから雇用保険等を給付されていた場合、各ハローワークがそれぞれ通知を出すためだ。

 こうした問い合わせへの対応は、いわば本来業務であり、トランス・コスモスのスタッフも問題なくこなしていく。問題は、問い合わせの圧倒的に多数が、「通知書類を受け取って追加給付申請をしたが、いつになったら振り込まれるのか」というものだという点にある。

 実際、2020年10月末時点で、対象者のうち給付が完了した者は全体の4割にとどまっている。そのため、「半年待たされている」「9カ月返事がない」というクレームが、トランス・コスモスの沖縄オフィスに殺到しているのだ。

 とはいえ、トランス・コスモスの業務として認められているのは、不備があった通知書類の再交付や、過去にどこのハローワークで対象者が雇用保険等の手続きをしたのか調べることだけだ。厚生労働省やハローワークの業務の進捗は把握のしようがない。“苦情”を言われても、対処のしようがないのである。

コロナ禍で業務が滞り……

 コロナの感染拡大を受け、2020年4月に国が最初の緊急事態宣言を出した際、出動制限がかかった厚生労働省だけでなく、各地のハローワークも業務を縮小あるいは閉鎖した。対象者の申請書類はいったん厚生労働省に送られて集約されるが、追加給付の振り込み手続きを行うのはハローワークだ。そこが、コロナ禍で追加給付業務どころではなくなったため、業務が滞っているのだ。

 また、クレームの中で意外と多いのが、対象者が亡くなり、遺族が代わりに申請をした追加給付の遅れへのクレームだ。本人が確認や申請を途中まで行っていても、亡くなると一からやり直しになるので、いつ給付されるのか分からないということが起きるという。

 さらに、2004年以降の雇用保険受給者が対象のため、本人が過去に雇用保険を受給したことを忘れている場合が少なくないため、詐欺を疑う電話も頻繁にかかってくるという。

chainarong06/shutterstock.com

続々と辞めていくスタッフ

 トランス・コスモスは単なる民間のコールセンターにすぎないが、問い合わせの電話をする側にそれは分からない。いきおい、「いつまで待たせるのか」から始まるクレームは、「なぜ答えてくれないのか」「民間企業ならこんなことはない」「役人はいつもこうだ」とヒートアップする。

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