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緊急事態宣言延長を意味あらしめるために~まずは聖火リレーの中止を

延長期限をめぐる政府の思惑を問う――今の外出自粛要請では不十分だ

登 誠一郎 社団法人 安保政策研究会理事、元内閣外政審議室長

不可解な延長期限と期待持てぬ具体策

首都圏4都県の緊急事態宣言の再延長を決定し、会見する菅義偉首相。右は政府の諮問委員会の尾身茂会長=2021年3月5日、首相官邸
 首都圏4都県の緊急事態宣言が2週間、再延長されたが、菅義偉首相の5日の記者会見を見ても、また政府の諮問委による7つの提言を読んでも、強いインパクトのある具体策は含まれておらず、このまま2週間延長しても、目に見える成果は期待できないと言えよう。また首相自身が、「春は卒業式、入学式、歓送迎会、お花見など人が集まる機会が多いので、大人数の会食は控えてほしい」と自粛を要請しているが、緊急事態宣言の新たな期限である3月21日は、正にこれらの行事が始まる直前であり、感染防止に最も重要と思われる直前のタイミングで宣言の期間を終了させることは全く不可解である。

 以上のことを踏まえ、本稿においては、政府による外出自粛要請に実効性を持たせるための方策を探求する。さらに、東京五輪の聖火リレーの開始が3月25日に予定されており、菅首相が8日の参院予算委員会で「希望のともしび」と表現して実施に強い意欲を示したばかりだが、これは21日の緊急事態宣言の期限以降の対応に影響を及ぼしかねないので、政府は速やかに、聖火リレーの中止を決断するよう訴えたい。

岩手県庁前に設置された五輪聖火リレーのカウントボード=2020年9月29日、盛岡市
聖火リレーの日程が迫り、迂回案内などの看板を設置する作業員=2021年3月1日、福島県南相馬市

当初の首相発言は誤った印象を広めた

 年初の1月7日にこの緊急事態宣言が最初に決定された時には、飲食店の営業時間短縮が最重要と考えられており、その効果は感染者数の減少として徐々に表れてきた。しかし2月下旬からはその数字に下げ止まり傾向が出ており、さらに感染経路としては、「飲食」より「経路不明」が増大している。

 このことは、飲食を伴わない外出一般が感染原因となっていることを示す。

 元をただせば、菅首相は1月7日の記者会見においては、「第1に飲食店の20時までの時間短縮、……(中略)……第3に20時以降不要不急の外出の自粛」と述べ、多くの国民に対して、20時以前の外出は何ら構わないとの印象を強く与えてしまった。その後、新型コロナ対策を担う西村康稔大臣が20時以前の不要不急の外出も控えてほしい旨を述べて軌道修正を図ったが、首相の最初の発言は多くのメディアでも見出しとして使用され、その影響は多大であったと言わざるを得ない。

 そして今でも昼間の不要不急の外出自粛を無視している人は少なくない。

東京都の飲食店などへの営業時間の時短要請に合わせ、午後8時を過ぎると明かりが消える五輪マークのオブジェとレインボーブリッジ

「お願い」では効果なし。政府は強力に発信せよ

 ロックダウンの実施を可能とするための法的根拠を有しない日本政府として、外出の原則禁止の手段が取れないことは致し方ない。しかしながら既に1年にも及ぶ「不要不急の外出自粛のお願い」ではほとんど効果がないことも明らかである。

 これまでのところ、このお願いの主体は地方自治体になっていることが多い。しかしこれは感染防止にとって極めて重要な措置であり、すべての国民が協力すべきことであるので、政府が先頭に立って広報努力を行うべきであろう。

菅義偉首相の記者会見で、記者を指名する司会役の小野日子内閣広報官=2021年3月5日、首相官邸
 現在までの外出自粛についての政府広報は、インターネットテレビの利用などに限定されているが、今後は、全国紙やテレビの地上波全国ネットで、政府広報として大々的に発信すべきであると考える。この財源は予備費や官房機密費を活用できるはずである。

 また新任の小野日子内閣広報官は広報のエキスパートと承知するので、現下の国民の最大関心事であるコロナ対策に関しても、新たな視点からリーダーシップを発揮されることを期待したい。

外出自粛の後押しに「移動届」の検討を

2回目の緊急事態宣言の発令初日から、渋谷スクランブル交差点には多くの人が行き交っていた=2021年1月8日、東京都渋谷区
 しかしながら、自粛を実現する手段としての広報の効果は限定的と言わざるを得ない。そこで法的手段がない中で、政府として外出自粛要請を多少なりとも担保する方法はないものか探求してみた。

 緊急事態宣言が延長された首都圏4都県において、多くの人が集まり、頻繁な接触が予想されるような場所に移動する手段は、主として鉄道を中心とする公共交通機関であろう。

 私案として挙げると、鉄道の利用者は、通勤・通学などの混雑時を除いて、「氏名、目的地、移動理由、連絡先」を記入した「移動届」を駅の改札周辺で担当者に手渡す(箱に入れる)という仕組みを、感染者の多い地域を選んで試験的に実施できないであろうか。

 これは利用者に多少の不便をかけることになるが、それが面倒なので行かないという人もある程度は増えて、不要不急の外出自粛を後押しすることにもなると思う。これはあくまでも規制ではなく、心理的な効果を狙った措置である。

鉄道各社は最終電車の繰り上げ運行を実施している。繰り上げ初日のJR池袋駅ホームの様子。従来は同駅発の終電運行だった列車は、繰り上げによって回送運転となっていた=2021年1月21日午前0時43分、東京都豊島区
 またこのような制度は個人情報保護の観点から問題であるという批判もあろうが、コロナ下においては、既にコンサートホールや競技場の入場の際には、氏名、連絡先などを登録する制度も一般化しており、緊急事態下の感染予防措置として、個人情報保護の例外は認められるのではないかと考える。

リバウンド抑制のためにも

首都圏4都県の緊急事態宣言再延長に関して、記者会見する政府の諮問委員会の尾身茂会長=2021年3月5日
 5日の首相会見に同席した政府の諮問委員会の尾身茂会長は、2週間後に緊急事態宣言を解除したらある程度のリバウンドが起こることは必然であり、この2週間のうちに、そのリバウンドをいかにして最小限に抑えるかの対策をとることが鍵であると述べている。

 これはいわゆる蔓延防止重点措置(マンボウ)であるが、その関連で上記の私案も検討してほしい。

政府は2週間の理由を正直に語れ。国民は見透かしている

首相官邸のエントランスホールで緊急事態宣言の延長について取材に応じる菅義偉首相。背後には東京五輪・パラリンピックのマスコット人形が飾られている=2021年3月3日
 菅首相の会見では、「2週間の延長はオリンピックとは関係ない」と述べているが、それを額面通りに信じる人は少ない。

 年度替わりの各種行事やお花見で人が集まるイベントが一番多い時期の直前の3月21日に、延長期間を終了することはどう考えても不自然である。多くの日本人が、「政府は、3月25日に聖火リレーが開始される時に緊急事態宣言が存続していることは適切ではないので、あえてその直前に宣言の期間を終了させると決めた」と理解している。

 この発想は、コロナの蔓延防止よりもオリンピック開催を優先させることになり、政府としてはそう受け取られたくないので、あえてコロナとオリンピックは関係ないとのフィクションを強調しているのであろう。

 オリンピック開催の是非および開催する場合の形態がコロナの状況によって左右されることは明らかであり、それを否定することは政治の正しいあり方とは言えない。

全国各地で聖火や聖火リレーのトーチの巡回や展示が続いている。写真は三重県の鈴木英敬知事(左)と小椋久美子さん=2020年11月13日、三重県桑名市

橋本会長の至当な発言。簡素化が国民の支持のカギに

 この点に関して、橋本聖子東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長が、5日の記者会見において、「国民にこれであればできるという安心感を持っていただけない限り、(オリンピックの)開催は難しいと思っている。無理やり、何が何でも(開催)という捉え方をされているかもしれないが、決してそうではない」と述べている。

 これはオリンピックとコロナの関係を明確に表現した極めて至当な発言であう。

東京五輪・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長=2021年2月19日
 私は、オリンピックの主役であるアスリートの感情並びに東京五輪の成功を望む多くの日本国民の期待に照らすと、東京五輪はコロナの蔓延を最大限防止する形態で開催すべきと確信している(論座2月16日付掲載の拙論「東京五輪は大胆に簡素化を~森発言を乗り越え今夏に開催するために」参照)。

 政府は国民に対して、「東京五輪の今夏開催を実現するために、コロナの蔓延につながらないよう大会の最大限の簡素化を行うので、国民の支持をお願いしたい」として具体的な簡素化案を提示すれば、多くの国民は理解を示し、これまでのような8割の国民が否定的という数字は大きく変化する可能性が高いと確信する。

聖火リレーの意義は何か

 前述の通り、政府が緊急事態宣言延長の期限を3月21日としたことは、25日に開始予定の聖火リレーが念頭にあったことは間違いないと思う。

 日本国内の感染者数は下降傾向にあるとはいえ、世界中でまだ毎日約40万人の感染者と1万人前後の死亡者が出ているときに、オリンピックの本質とはあまり関係のないお祭り的な聖火リレーを挙行する意義は何であろうか。

 もともと聖火リレーはオリンピック発足の当初から行われていたものではなく、1936年のベルリンオリンピックの際に、ヒットラーが、アテネの文明はベルリンに引き継がれるという国威発揚のために開始したものである。

 こう考えると、オリンピックをコロナ禍で開催するために必要な簡素化措置の中で、最初に割愛すべきは聖火リレーではなかろうか。

ギリシャ・オリンピア遺跡のヘラ神殿で行われた東京五輪の聖火の採火式で、聖火をつぼに移す巫女(みこ)姿の女性たち=2020年3月12日
ギリシャで採火された東京五輪の聖火は2020年3月20日に日本に到着し、リレーに先立って、「復興の火」として東日本大震災の被災地を6日間巡回した=2020年3月25日、福島県いわき市

聖火リレーは開催に逆効果。感染リスク高め地方拡散も

 オリンピック組織委員会関係者によると、今回の聖火リレーの意義は主として以下の2点であるという。①オリンピックムードを盛り上げて、世論の支持率を大幅に改善させる。②国内すべての都道府県を回ることにより、地方の活性化に役立たせる。

日本オリンピックミュージアム前に立つ五輪マークと近代五輪の創始者クーベルタン男爵の銅像=2021年2月5日、東京都新宿区
 しかしながら、私は以下の理由により、今回の聖火リレーによっては、この二つの目的は到底達せられず、むしろ今夏のオリンピック開催に逆効果とさえ感じる。

 ①通常であれば、聖火リレーに多くの著名人、芸能人などが参加することによって、沿道の観衆も増えて、ムードも高まるが、今回の場合には、少なからぬ数の芸能人が出場辞退していることからも明らかのように、芸能人を見るために人が集まることが、コロナ感染の危険性を高めると懸念されている。超多忙なスケジュールをやりくりして、国民的な行事であるオリンピック開催に貢献したいと思っていた著名人、芸能人からすると、まるで自分達の出場がコロナ感染を拡大するようにも受け取られて全く立つ瀬がないであろう。

 ②オリンピックは地方活性化の観点からも重要な機会であるが、それはオリンピックが成功裏に開催された後の、国内およびインバウンド観光への期待であり、コロナ下に聖火リレーのために人が集まることは、正に、Go Toの時期尚早な実施と同様、感染の地方拡散につながりかねない。

聖火リレーは五輪開催の「捨て石」として中止の決断を

 以上の理由から、今回聖火リレーを予定通り行うことは、オリンピックに批判的な国内世論を一層硬化させることにもなって、オリンピックの今夏開催にとって百害あって一利なしといえる。したがって、政府および組織委員会は早急に、聖火リレーの中止を決断することを強く望む。

 聖火リレーの問題がなくなれば、政府は、緊急事態宣言延長期限の3月21日以前に、その再延長も含めリバウンド問題に適切に対応できる基盤ができる。

 また組織委員会としてもこのような重要な決定を行うためには、先の様な発言ができる橋本氏が新たに会長になったことは朗報である。

東京五輪・パラリンピックの主会場となる国立競技場のフィールド。47都道府県の国産材を使い、自然の風が流れ込む工夫が施されたスタジアムは地上5階地下2階、高さ約47メートルで旧国立競技場の約3.7倍。周辺を含めた整備費は1569億円
 これまで聖火リレー成功のために日夜、準備と調整に邁進してきた組織委の武藤敏郎事務総長以下の担当者並びに全国の聖火リレー走者および関係者の無念さは察するに余りあるが、ここは、今夏の東京五輪開催にこぎつけるための「捨て石」として聖火リレーの中止を受け入れていただきたい。具体的には、現在福島県に保管中の聖火は7月下旬に車で東京に移動させ、開会式当日に国立競技場内を数名の走者によってリレーされて聖火台に点火されれば良いと考える。

正鵠を射た島根知事発言

聖火リレーの島根県実行委員会の臨時会後の記者会見で、涙で声をつまらせる同県の丸山達也知事=2021年2月17日、松江市
 なお2月中旬の丸山達也島根県知事による「聖火リレー中止検討発言」は誠に正鵠を射たものであった。これまで国内でこれに対して目立った支持が寄せられなかったことは意外である。

 著名人、芸能人による出場辞退が相次ぐことを背景として、今後全国各地の知事をはじめとする関係者からも同様な意見が寄せられることを期待したい。