延長期限をめぐる政府の思惑を問う――今の外出自粛要請では不十分だ
2021年03月10日
以上のことを踏まえ、本稿においては、政府による外出自粛要請に実効性を持たせるための方策を探求する。さらに、東京五輪の聖火リレーの開始が3月25日に予定されており、菅首相が8日の参院予算委員会で「希望のともしび」と表現して実施に強い意欲を示したばかりだが、これは21日の緊急事態宣言の期限以降の対応に影響を及ぼしかねないので、政府は速やかに、聖火リレーの中止を決断するよう訴えたい。
年初の1月7日にこの緊急事態宣言が最初に決定された時には、飲食店の営業時間短縮が最重要と考えられており、その効果は感染者数の減少として徐々に表れてきた。しかし2月下旬からはその数字に下げ止まり傾向が出ており、さらに感染経路としては、「飲食」より「経路不明」が増大している。
このことは、飲食を伴わない外出一般が感染原因となっていることを示す。
元をただせば、菅首相は1月7日の記者会見においては、「第1に飲食店の20時までの時間短縮、……(中略)……第3に20時以降不要不急の外出の自粛」と述べ、多くの国民に対して、20時以前の外出は何ら構わないとの印象を強く与えてしまった。その後、新型コロナ対策を担う西村康稔大臣が20時以前の不要不急の外出も控えてほしい旨を述べて軌道修正を図ったが、首相の最初の発言は多くのメディアでも見出しとして使用され、その影響は多大であったと言わざるを得ない。
そして今でも昼間の不要不急の外出自粛を無視している人は少なくない。
ロックダウンの実施を可能とするための法的根拠を有しない日本政府として、外出の原則禁止の手段が取れないことは致し方ない。しかしながら既に1年にも及ぶ「不要不急の外出自粛のお願い」ではほとんど効果がないことも明らかである。
これまでのところ、このお願いの主体は地方自治体になっていることが多い。しかしこれは感染防止にとって極めて重要な措置であり、すべての国民が協力すべきことであるので、政府が先頭に立って広報努力を行うべきであろう。
また新任の小野日子内閣広報官は広報のエキスパートと承知するので、現下の国民の最大関心事であるコロナ対策に関しても、新たな視点からリーダーシップを発揮されることを期待したい。
緊急事態宣言が延長された首都圏4都県において、多くの人が集まり、頻繁な接触が予想されるような場所に移動する手段は、主として鉄道を中心とする公共交通機関であろう。
私案として挙げると、鉄道の利用者は、通勤・通学などの混雑時を除いて、「氏名、目的地、移動理由、連絡先」を記入した「移動届」を駅の改札周辺で担当者に手渡す(箱に入れる)という仕組みを、感染者の多い地域を選んで試験的に実施できないであろうか。
これは利用者に多少の不便をかけることになるが、それが面倒なので行かないという人もある程度は増えて、不要不急の外出自粛を後押しすることにもなると思う。これはあくまでも規制ではなく、心理的な効果を狙った措置である。
これはいわゆる蔓延防止重点措置(マンボウ)であるが、その関連で上記の私案も検討してほしい。
年度替わりの各種行事やお花見で人が集まるイベントが一番多い時期の直前の3月21日に、延長期間を終了することはどう考えても不自然である。多くの日本人が、「政府は、3月25日に聖火リレーが開始される時に緊急事態宣言が存続していることは適切ではないので、あえてその直前に宣言の期間を終了させると決めた」と理解している。
この発想は、コロナの蔓延防止よりもオリンピック開催を優先させることになり、政府としてはそう受け取られたくないので、あえてコロナとオリンピックは関係ないとのフィクションを強調しているのであろう。
オリンピック開催の是非および開催する場合の形態がコロナの状況によって左右されることは明らかであり、それを否定することは政治の正しいあり方とは言えない。
この点に関して、橋本聖子東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長が、5日の記者会見において、「国民にこれであればできるという安心感を持っていただけない限り、(オリンピックの)開催は難しいと思っている。無理やり、何が何でも(開催)という捉え方をされているかもしれないが、決してそうではない」と述べている。
これはオリンピックとコロナの関係を明確に表現した極めて至当な発言であう。
政府は国民に対して、「東京五輪の今夏開催を実現するために、コロナの蔓延につながらないよう大会の最大限の簡素化を行うので、国民の支持をお願いしたい」として具体的な簡素化案を提示すれば、多くの国民は理解を示し、これまでのような8割の国民が否定的という数字は大きく変化する可能性が高いと確信する。
前述の通り、政府が緊急事態宣言延長の期限を3月21日としたことは、25日に開始予定の聖火リレーが念頭にあったことは間違いないと思う。
日本国内の感染者数は下降傾向にあるとはいえ、世界中でまだ毎日約40万人の感染者と1万人前後の死亡者が出ているときに、オリンピックの本質とはあまり関係のないお祭り的な聖火リレーを挙行する意義は何であろうか。
もともと聖火リレーはオリンピック発足の当初から行われていたものではなく、1936年のベルリンオリンピックの際に、ヒットラーが、アテネの文明はベルリンに引き継がれるという国威発揚のために開始したものである。
こう考えると、オリンピックをコロナ禍で開催するために必要な簡素化措置の中で、最初に割愛すべきは聖火リレーではなかろうか。
オリンピック組織委員会関係者によると、今回の聖火リレーの意義は主として以下の2点であるという。①オリンピックムードを盛り上げて、世論の支持率を大幅に改善させる。②国内すべての都道府県を回ることにより、地方の活性化に役立たせる。
①通常であれば、聖火リレーに多くの著名人、芸能人などが参加することによって、沿道の観衆も増えて、ムードも高まるが、今回の場合には、少なからぬ数の芸能人が出場辞退していることからも明らかのように、芸能人を見るために人が集まることが、コロナ感染の危険性を高めると懸念されている。超多忙なスケジュールをやりくりして、国民的な行事であるオリンピック開催に貢献したいと思っていた著名人、芸能人からすると、まるで自分達の出場がコロナ感染を拡大するようにも受け取られて全く立つ瀬がないであろう。
②オリンピックは地方活性化の観点からも重要な機会であるが、それはオリンピックが成功裏に開催された後の、国内およびインバウンド観光への期待であり、コロナ下に聖火リレーのために人が集まることは、正に、Go Toの時期尚早な実施と同様、感染の地方拡散につながりかねない。
以上の理由から、今回聖火リレーを予定通り行うことは、オリンピックに批判的な国内世論を一層硬化させることにもなって、オリンピックの今夏開催にとって百害あって一利なしといえる。したがって、政府および組織委員会は早急に、聖火リレーの中止を決断することを強く望む。
聖火リレーの問題がなくなれば、政府は、緊急事態宣言延長期限の3月21日以前に、その再延長も含めリバウンド問題に適切に対応できる基盤ができる。
また組織委員会としてもこのような重要な決定を行うためには、先の様な発言ができる橋本氏が新たに会長になったことは朗報である。
著名人、芸能人による出場辞退が相次ぐことを背景として、今後全国各地の知事をはじめとする関係者からも同様な意見が寄せられることを期待したい。
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