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米中対立の「新冷戦」が権威主義国家に及ぼす影響~ミャンマーから考える

米中は陣営維持のため、圧政による国内統制をどこまで認めるのか

加藤博章 関西学院大学国際学部兼任講師

ミャンマーのクーデターを招いた民主主義

 2021年2月1日、ミャンマー連邦共和国(以下ミャンマー)でクーデターが勃発した。クーデターがなければこの日、総選挙後、初の国会が開かれるはずだったが、国軍はウィン・ミン大統領、アウン・サン・スー・チー国家顧問、国民民主連盟(NLD)の幹部などの身柄を拘束し、国会は開かれることはなかった。

 軍出身のミンスエ第一副大統領が大統領代行(暫定大統領)に就任、憲法417条に基づき、1年間の非常事態宣言を発出した。ミン・アウン・フライン国軍総司令官に立法、行政、司法の三権が委譲され、国家行政評議会議長に就任した。旧政権の閣僚24人は全員が解任され、代わりに国軍系の閣僚が11人任命された。

 何故、ミャンマーでクーデターが発生したのか。逆説的ではあるが、民主化が進展したからというのは一つの見方であろう。

 2020年11月の総選挙の結果、NLDは連邦議会の改選分の83%にあたる396議席を獲得した。他方、国軍系政党、連邦団結発展党(USDP)は33議席の獲得にとどまり、獲得議席は前回を下回った。

 この結果について、国軍は不正があったと指摘する。1月26日に国軍報道官が、翌日にはクーデターによって国軍行政評議会議長に就任したミン・アウン・フラインも選挙不正があったと主張している。

 2021年3月現在、選挙不正の有無、国軍の指摘の真偽は分からない。しかし、この総選挙の結果、NLDが圧勝したという事実が国軍側を追い詰めた可能性は十分にあり得る。クーデターがなく、無事に国会が開かれれば、憲法改正へとつながった可能性が高いからだ。ミャンマーでクーデターが発生したのは、民主化の最後の一押しを封じるためだったと言えよう。

拡大ヤンゴンで3月8日、道路につるされたヤンゴンで女性用の「ロンジー」越しに治安部隊とにらみ合う市民=2021年3月8日、ミャンマー、ノーコーコー撮影

クーデターへの諸外国の反応

 ミャンマーで発生したクーデターに対して、米国をはじめとする国際社会からはこれを批判する声があがった。

 米国は2月11日、クーデターに関わった10人と3企業を制裁対象に指定した。3月4日には、米国製の特定品目のミャンマー向け輸出に事前の許可を必要とするとともに、ミャンマー国防省、内務省、国軍系企業を輸出規制のリストに加えると発表した。これは、デモ隊を武力で弾圧する動きに対抗するとともに、米国製品がデモ隊弾圧に使われることを防ぐ目的から行われた。

 英国やカナダも国軍幹部に対する制裁を強化している。英国は2月18日、ミャ・トゥン・ウー国防相、ソー・トゥ内相、タン・フライン内務副相が英国に持つ資産を凍結し、英国への渡航を禁止した。ミン・アウン・フライン行政評議会議長は、2020年7月にロヒンギャ迫害を理由として、すでに制裁の対象になっているが、さらに制裁を強化した形だ。カナダも、同日、ミン・アウン・フライン議長を含む国軍の9人との取引を禁止する措置を取った。

 欧米の動きとは対照的に、東南アジア諸国は当初、クーデターに対しては様子見という姿勢だった。3月2日にはASEAN特別外相会議が開かれ、国軍が外相に任命したワナ・マウン・ルウィン氏も出席した。クーデター発生以降、ミャンマーの当局者が国際会議に出席したことは、ミャンマーを国際社会につなぎ止めておくうえで、重要であり、一定の成果があったと言える。

 同会議では、シンガポールやインドネシアなどがミャンマーの現状を非難したが、AそもそもSEANには軍政下にあるタイなどミャンマーへの強硬な対応に反対する国もあり、一枚岩となることは難しい。議長声明は「当事者に暴力の自制を求める」という表現にとどまった。

 日本は、丸山市郎駐ミャンマー大使を通じて、国軍に対して自制を促すとともに、アウン・サン・スー・チー氏をはじめとする拘束中のNLD幹部の解放、そして対話を求めている。日本は、ミャンマーにとって第三の貿易相手国であり、NLD、国軍の双方とパイプを持つ。今のところ、制裁へと動く欧米に同調する動きはないが、新規のODAを見合わせるなど、慎重に圧力を強めている。

 ミャンマー最大の貿易相手国である中国は、

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筆者

加藤博章

加藤博章(かとう・ひろあき) 関西学院大学国際学部兼任講師

1983(昭和58)年東京都生まれ。専門は国際関係論、特に外交・安全保障、日本外交史。名古屋大学大学院環境学研究科社会環境学専攻環境法政論講座単位取得満期退学後博士号取得(法学博士)。防衛大学校総合安全保障研究科特別研究員、独立行政法人国立公文書館アジア歴史資料センター調査員、独立行政法人日本学術振興会特別研究員、ロンドン大学キングスカレッジ戦争研究学部客員研究員、東京福祉大学留学生教育センター特任講師、一般社団法人日本戦略研究フォーラム主任研究員、防衛大学校人文社会科学群人間文化学科兼任講師を経て、現在関西学院大学国際学部兼任講師。主要共編著書に『自衛隊海外派遣の起源』(勁草書房)、『あらためて学ぶ 日本と世界の現在地』(千倉書房)、『元国連事務次長 法眼健作回顧録』(吉田書店)、「非軍事手段による人的支援の模索と戦後日本外交――国際緊急援助隊を中心に」『戦後70年を越えて ドイツの選択・日本の関与』(一藝社)、主要論文に「自衛隊海外派遣と人的貢献策の模索―ペルシャ湾掃海艇派遣を中心に」(『戦略研究』)、「ナショナリズムと自衛隊―一九八七年・九一年の掃海艇派遣問題を中心に」(『国際政治』)。その他の業績については、https://researchmap.jp/hiroaki5871/を参照。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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