「外向き」と「内向き」を繰り返す日本。「ゆでガエル」の現状からどう脱却するか
2021年03月14日
東京五輪・パラリンピック大会組織委員会前会長である森喜朗元首相の女性蔑視発言から1カ月あまり。この発言がもたらした混乱は、森氏の会長辞任、橋本聖子・前五輪担当相の新会長就任でひとまず収束したように見えますが、発言の根底にある日本の宿痾(しゅくあ)が消えたわけではありません。それどころか、この病は新型コロナへの対応ででも見え隠れしていて、日本の国益を損ないかねない気配です。
宿痾とは何か。それは、海外の目に無頓着で内向きに過ぎる日本の姿勢です。実は日本を定期的に見舞うこの病は、かつて日本を奈落に突き落としたこともある、やっかいものです。
どうして病はぶり返すのか。どうやってこの病を克服していけばいいのか。本稿ではそれを論じたいと思います。
歴史を振り返ると、日本人には、海外に目を向け、どう見られているかを気にする時期と、海外から目を背け、どう見られているかを気にしない時期が交互にやってくるという “法則”があるようです。
最近でいえば、終戦から高度成長を経て「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われるようになった1980年代まで、日本人は敗戦の劣等感をはねのけるべく海外の事情に目を配り、良いものは吸収し、外からの評価にも関心を払ってきました。
ところが、バブルが膨らみ、はじけるに至る80年代後半から一転、「内向き志向」が強まりました。私が大蔵省に入って10年ぐらいの頃でしたが、周囲の空気、そして私自身の意識も変化したのを覚えています。
個人的な経験を言えば、1980年に大蔵省に入ってまずやらされたのは、海外の事例調査でした。海外の文献にあたって外国の政策を調べる。分からないことは、各国大使館にいるアタッシェに調べてもらい、レポートを書きました。それをもとに省内で議論し、政策に採用されることもありました。
しかし、海外調査はしだいに減り、90年代以降、あまり調査をしなくなりました。われわれは「ナンバーワン」なのだ。外のことを知らなくてもいいという、ある種の傲慢さがあったのは否めないと思います。
確かに当時の日本には勢いがありました。通産省に出向、コンテンツ産業を担当していた私は、中国や韓国にメディアコンテンツなどについて教えにいったものです。しかし、その後、韓国のコンテンツ産業は飛躍的に伸び、今や日本を凌ぐ勢いです。おごれる者も久しからず、を感じざるを得ません。
戦争に負けた日本は戦後、世界から認められようと、遮二無二努力をしてきました。その結果、GNP(国民総生産)がアメリカについで世界2位となり、「1億総中流」といわれる豊かな社会を手に入れました。安全保障も日米安保の傘のもと守られている。そんな“幸福な”状態、言い方を変えれば“ぬるま湯”のなかで、いつしか海外に目を向ける努力を怠るようになったのです。
その後、今に至るまで、この状況は変わっていません。実際には中韓に抜かれているにもかかわらず、巷(ちまた)に溢れる根拠のない「日本礼賛」を目にするにつけ、日本社会の内向き傾向はますます強まっているとさえ思います。政治、そしてメディアも例外ではありません。
昭和後半から平成、令和にかけてのこうした変化は、実は明治、大正、昭和前半にかけての時期にもありました。
NHK大河ドラマの今年の主人公は渋沢栄一ですが、彼が青雲の志を抱いて事業に邁進した明治時代、日清・日露戦争に勝利をおさめた日本が世界の列強の一角をしめるようになった大正まで、日本は他国からの目線を気にかけ、国際法を遵守し、戦争法規を守る模範的な国家でした。
ところが、満州事変以降、日中戦争の泥沼に踏み込んでいく過程で、別な国になったと見まごうほどの変貌(へんぼう)を遂げます。海外からの目をまったく気にしなくなったのです。
満州事変の約10年前、1922年に行われたワシントン会議で米仏中などが「9カ国条約」を締結しました。中国の主権尊重・領土保全や門戸開放・機会均等を定める条約です。また、1928年にはパリで「戦争放棄に関する条約」(不戦条約)が調印されました。国際紛争の解決は平和的手段によるものとし、武力の行使を禁止するもので、日本の戦後憲法の9条の母体にもなったものです。
言うまでもなく、日本は両条約にサインをしています。第1次、第2次世界大戦の間の「戦間期」の国際協調の大きな流れにのっていたのです。
しかし、満州事変以降、日本は世界の潮流とは真逆な方向に舵を切る。そこには、世界からどう見られるのかという視点がまったくありませんでした。その後、日本は日中戦争の泥沼に足を取られ、太平洋戦争に突入して悲劇的な結末を迎えたのです。
私が危惧するのは、今の日本の、海外の目に関心が薄く、内向きに過ぎる日本の姿勢が、日中戦争の時の日本に似て見えることです。
冒頭で触れた森氏の女性蔑視発言の背後にあるのは、日本における女性のあまりに弱い立場です。世界経済フォーラム(WEF)が2019年12月に発表した男女格差を分析した「ジェンダーギャップ指数2020」で、日本が153カ国中121位だったことが、それを鮮明に示しています。
ただ、私は「121位」という数字もさることながら、こうした事実を日本人の多くがさほど気にしていなかった点に、事態の深刻さを感じていました。
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