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日本の国益を損ねる海外からの目に無頓着という宿痾~「森発言」の誘因

「外向き」と「内向き」を繰り返す日本。「ゆでガエル」の現状からどう脱却するか

岸本周平 国民民主党衆院議員

 東京五輪・パラリンピック大会組織委員会前会長である森喜朗元首相の女性蔑視発言から1カ月あまり。この発言がもたらした混乱は、森氏の会長辞任、橋本聖子・前五輪担当相の新会長就任でひとまず収束したように見えますが、発言の根底にある日本の宿痾(しゅくあ)が消えたわけではありません。それどころか、この病は新型コロナへの対応ででも見え隠れしていて、日本の国益を損ないかねない気配です。

 宿痾とは何か。それは、海外の目に無頓着で内向きに過ぎる日本の姿勢です。実は日本を定期的に見舞うこの病は、かつて日本を奈落に突き落としたこともある、やっかいものです。

 どうして病はぶり返すのか。どうやってこの病を克服していけばいいのか。本稿ではそれを論じたいと思います。

拡大辞任を表明した東京五輪・パラリンピック大会組織委の理事会・評議員会合同懇談会の冒頭、あいさつする森喜朗会長=2021年2月12日、東京都中央区

海外に目を向けていた日本から一転……

 歴史を振り返ると、日本人には、海外に目を向け、どう見られているかを気にする時期と、海外から目を背け、どう見られているかを気にしない時期が交互にやってくるという “法則”があるようです。

 最近でいえば、終戦から高度成長を経て「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われるようになった1980年代まで、日本人は敗戦の劣等感をはねのけるべく海外の事情に目を配り、良いものは吸収し、外からの評価にも関心を払ってきました。

 ところが、バブルが膨らみ、はじけるに至る80年代後半から一転、「内向き志向」が強まりました。私が大蔵省に入って10年ぐらいの頃でしたが、周囲の空気、そして私自身の意識も変化したのを覚えています。

 個人的な経験を言えば、1980年に大蔵省に入ってまずやらされたのは、海外の事例調査でした。海外の文献にあたって外国の政策を調べる。分からないことは、各国大使館にいるアタッシェに調べてもらい、レポートを書きました。それをもとに省内で議論し、政策に採用されることもありました。

 しかし、海外調査はしだいに減り、90年代以降、あまり調査をしなくなりました。われわれは「ナンバーワン」なのだ。外のことを知らなくてもいいという、ある種の傲慢さがあったのは否めないと思います。

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筆者

岸本周平

岸本周平(きしもと・しゅうへい) 国民民主党衆院議員

1956年7月12日和歌山市生まれ。広瀬小学校、城東中学校、桐蔭高等学校、東京大学法学部卒業。1980年大蔵省入省、プリンストン大学客員講師、経済産業省課長、財務省課長、トヨタ自動車(株)渉外部部長、経済産業大臣政務官、内閣府大臣政務官などを歴任。2009年より和歌山1区で小選挙区4期連続当選

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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