民家の捜索を始めた兵士たち 「忍耐の限界」と軍政当局
2021年03月16日
クーデターを起こしたミャンマーの軍政当局は「忍耐の限界」とアナウンスし始めた。日々強まる捜索と取り締まりの圧力。国民はどこまで非暴力・非服従の抗議を続けられるのか。ヤンゴン在住の日系投資家・松下英樹さんのリポート第9弾。
松下英樹(まつした・ひでき) ヤンゴン在住。2003年より日本とミャンマーを往復しながらビジネスコンサルタント、投資銀行設立等を手がけ、ミャンマーで現地ビジネスに最も精通した日本人の一人として知られている。著書に「新聞では書かない、ミャンマーに世界が押し寄せる30の理由」(講談社プラスアルファ新書)
3月8日(月)午後9時45分。「バン、バン、バン」激しい爆発音が連続して響き渡る。ついに軍隊が行動を開始したかと思い、窓から外を見ていたら、誰かが叫んだ。「ハッピー・ニューイヤー!」。スタングレネード(閃光発音筒)の爆発音を、新年を祝う花火に見立てて、軍隊を揶揄するためだ。圧倒的な暴力に対して、ユーモアで切り返す、民衆のささやかだが痛烈な反撃だった。
今、私の住んでいるサンチャウン地区バガヤ通り周辺では、数百名の兵士(警察の制服を着ているが明らかに軍人なので、以下兵士と呼ぶ)が半径500メートルほどのエリアを完全に包囲している。日中、デモ隊を鎮圧した際に、近隣の住宅に逃げ込んだ数百名の若者たちを一網打尽にするべく、午後3時過ぎから路地という路地を封鎖して、まさに蟻のはい出る隙間も無いように取り囲んでいる。大通りには空(から)の軍用トラックが何台も止まっているのが見えた。私はまさにその包囲網の中にいる。
日が暮れてから、しらみつぶしに家宅捜索を行っているらしい。私の部屋にも兵士がやってくるかもしれない。外国人だと伝えるためにパスポートと外国人登録証を机の上に用意しておく。午後11時過ぎ、ようやく外は静かになった。このまま無事に朝を迎えることができるだろうか。
3月8日(月) 昨夜は夜中にも銃声が聞こえてきて、よく眠れなかった。昼間の爆発や空砲の音にはもう慣れたが、夜間に聞くのは初めてだった。兵士が市民を怖がらせるためにわざとやっているのだとわかっていても、気持ちの良いものではない。
この日も早朝から大規模なデモが行われていた。前回のリポート(ミャンマー、街路に響く追悼の歌声、無数のろうそくの灯火~ヤンゴン緊急リポート第八弾)で、筆者の自宅に逃げ込んできた若者たちの様子について書いた。ここ数日はデモが激しくなると、警官隊が強制排除しようとして若者たちに襲い掛かり、彼らは大通りから路地に逃げ込む。近隣の住民も心得ているので、鍋を打ち鳴らして警告しながら、すばやく民家や商店にかくまう。しばらくして警官隊が捜索をあきらめると、若者たちは再び大通りに出て抗議デモを再開する。イタチごっこだ。
午後3時半ごろ、ようやく外が静かになったので、たまったゴミを捨てようとしてアパートを出たら、大型のゴミ箱が設置されている路地の入口に、5、6名の兵士が路地から人を出さないようにライフルを構えて見張っていた。何かただならぬ気配を感じて緊張したが、サンダル履きでゴミ袋を持っている私に何かすることもないだろうと思い、平静を装いながらゴミを捨てて部屋に戻った。
夕食後PCを開くと、#Save Sanchaung(サンチャウンを救え)とハッシュタグのついた投稿が次々と飛び込んできた。一向に沈静化しないデモ隊に業を煮やした当局は、8日午後3時ごろから、下記、地図中の赤線枠内側の一帯を封鎖して、建物に逃げ込んだ若者たちを閉じ込め、暗くなるのを待ってしらみつぶしに民家の捜索を開始したのだった。
今日は私の部屋には来なかったが、近隣の住宅に身を潜めている若者たちは、警察の影に怯えて震えているに違いない。若者たちはもちろん、かくまっている住民たちも同罪である。連行されれば何をされるかわからない。昨日会った若者たちの姿が思い出される。とにかく無事でいて欲しい。
夜7時過ぎくらいから、近隣の住民たちが家の中から抗議の声を上げ始めた。私の自宅から少し離れたKyun Taw(チュンドー)通りの方からは散発的に銃声と悲鳴のような叫びが聞こえてきた。
動画: 3月8日午後8時55分 Kyun Taw 通りの様子How Terrorists used Violence againts unarmed civilians. Even still, More Military trucks around 6/7 are arriving in front of Kyun Taw monastery. 8:55PM! Please Save Sanchaung #WhatsHappeningInMyanmar #Mar8Coup pic.twitter.com/OEqaZXVJuy
— Tasy (@TasySint) March 8, 2021
動画:逃げ込んだ若者たちを追いかける警官隊の様子The military terrorists are violently forcing the houses to open the door by shooting randomly and finding the trapped protestors. About 20 have been arrested earlier. They’re checking every houses in SanChaung, Yangon. Please save our innocent citizens#WhatsHappeningInMyanmar pic.twitter.com/mWGpN8yxEz
— Khin Mie Mie Ko (@KhinMieMieKo4) March 8, 2021
動画: サンチャウンで暴れる兵士たちの様子(日本語字幕入り)サンジャウン住宅街に軍人と警察が入って来て、暴言を吐いて、銃で暴れて、市民に対して暴力をを振るった一部始終#WhatsHappeningInMyanmar #Mar8Coup pic.twitter.com/v1EKOVOm7x
— MoH (@Mohmohmz) March 8, 2021
SNSには民家に隠れている若者たちから連絡を受けた家族や友人たちが、状況を書き込んでいる。既に数十人が連行されたらしい。
こんな書き込みもあった。「サンチャウンに住んでいる外国人はすぐに大使館に連絡して、救援を依頼してください。彼らは外国人には危害を加えないはずです。できるだけ多くの若者を助けてあげてください。」
たぶん近くに住んでいる外国人やミャンマー人が、本当に救援を求めたのであろう。在ミャンマー米国大使館からも当局に対して、すぐに包囲を解いて若者たちを安全に帰宅させるよう緊急メッセージが発出された。
この間、状況が把握できないまま、私はベランダとPCのある仕事机との間を行ったり来たりしているだけだった。午後11時すぎ、ようやく外が静かになった。今のところ私が住んでいる路地までは捜索の手が及んでいないようだ。まだ安心はできないので、外出できる服装のままで就寝した。
3月9日(火)6時起床。外を見ると、既に兵士の姿はなかった。どうやら心配していたような事態にはならなかったようだ。身支度を整えるとすぐにオフィスに向かった。日中はいたるところで交通が遮断されるため、安心して移動できるのは早朝と夕方だけである。
午前9時、インターネットが接続可能となる(現在、午前1時から午前9時までインターネットは遮断されている)。すぐにこんなニュースが目に入ってきた。
[9日 ロイター] - ミャンマーの主要都市ヤンゴンでデモに参加し、治安部隊によってサンチャウン地区に追い込まれた数百人の若者が同地区から移動できるようになったと、活動家らが9日、明らかにした。青年活動家のシャー・ヤモネさんは、約15~20人の人たちと一緒に建物にとどまっていたが、帰宅できたと電話で語った。別のデモ参加者は、治安部隊が同地区から去ってから2時間後の午前5時ごろに離れることができたとソーシャルメディアに投稿した。
活動家団体によると、治安部隊はサンチャウン地区の家々を捜索し、約50人を逮捕した。
報道によれば、午前3時くらいに包囲網は解かれたようである。50人ほどは捕まってしまったようだが、ほとんどの若者は無事に帰宅できたようだ。それにしても、昨夜は本当に怖い思いをしたことだろう。彼ら、彼女らはこんな目にあっても、抗議活動を続けることができるだろうか。心配だ。
午前10時、遅刻してきたミャンマー人スタッフが私に声をかけてきた。「松下さん、昨夜は大変だったでしょう。大丈夫でしたか?」「家の周りが包囲されたこと? どうして知っているの?」「知っているどころじゃないですよ。昨夜はヤンゴン中で『サンチャウンを救えって』言って、みんな朝まで路上でデモをやっていたんですよ。警察を呼び寄せてかく乱するために。そのせいで遅刻してしまいました。すみません」
クーデター発生以来、午後8時以降は外出禁止となっている。夜間外出することは、それだけで逮捕される危険に身をさらすことだ。既に全国で50名以上が殺害され、1000人以上が逮捕されている。その最中に夜間デモに参加するのは、文字通り命懸けの行為である。渦中にいた私が寝ている間に、ヤンゴン中で必死の抵抗が続いていたのであった。
SNSには昨夜のデモの様子が次々とアップされていた。画像を見て、私も胸が熱くなった。ありがとう。おかげで多くの若者たちが救われた。そして、私も。
2月28日には日本人の家に催涙弾が撃ち込まれるという事件があった。また3月8日の夕方には、職場から帰宅途中に治安部隊とデモ隊との衝突現場に遭遇した日本人駐在員が、車に乗り込んできた治安部隊に銃を突き付けられたとの事。どちらも外国人を狙ったものではなく、大事には至らなかったものの、危険は身近に迫っている。今後は帰国を検討する駐在員も増えてくるだろう。
8日夜、国営のMRTVは「政府の忍耐は限界に達した。暴動を止めさせるために犠牲者を最小限に抑えようとしてきたが、大半の人々は完全な情勢安定化を求め、暴徒に対するより効果的な措置を要請している」と、さらに取り締まりを強化する方針を伝えている。
国民はいつまで、非暴力、不服従の抗議を続けられるだろうか。恒例になった午後8時の鍋叩きの音も次第に小さくなってきている気がする。
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