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原発事故から10年、この国の2つの「病巣」を抉る(下)

「主権者としての責任」を果たしたか

今井 一 ジャーナリスト・[国民投票/住民投票]情報室事務局長

反原発の闘士から原発推進に転向して町長に

 福島で反原発の県議から原発推進の双葉町長に転向した岩本忠夫は、3.11の直後に避難先で「(東電は)何やってんだ……」と一言叫んだきり、原発についての自身の行いについては何も語らず、同年7月に他界した。

 彼の半生は、原発立地先の政治家の考え方、身の処し方をよく示すものだ。

 いったん原発が設置されると、「原発反対」を掲げていては、原発のお陰で一時的にせよ所得が増えた多数の町民から票を得られず、議員になれない。社会党の県議だった彼は、再選をめざした1975年から3回連続県議選に落選し、政治家を辞めて家業(酒屋)に専念する。だがその後、現職町長の汚職が発覚すると、保守系の人々(その多くが原発推進)に請われて双葉町長選に立候補。岩本は長年掲げてきた「反原発」の看板を下ろして当選し、1985年から2005年まで5期20年間町長を務める。そして、原発増設やプルサーマル導入を積極的に推進した。

 主権者が誰に投票するかはまったく自由だが、岩本を落選させたのも、転向させたのも、当選させたのも、町長としての彼が東電に原発増設を求めるようにさせたのも、みんな選挙権を持つ町民なのだ。自分たちが、原発依存を続けた町政とは何の関係もないし責任もないとは決して言えない。主権者なのだから。

 その岩本が双葉町長に就任して2期目の1991年9月25日、16人の議員(その大半は、東電あるいは東電関係企業で働いている近親者がいる)で成る双葉町議会は、原発に反対していたはずの社会党議員も含め「討論なしの全会一致」で原発増設誘致決議を採択した。この採択を受け、岩本町長は双葉町内全地区で行政懇談会を開いて住民の理解が得られたとし、東京電力、福島県、資源エネルギー庁、科学技術庁に対して正式に「増設要請」を行なった。これが、間接民主主義による「地元同意」の実態だ。

 その「増設要請」直後に、地元紙『福島民友』は町民250人への電話世論調査を実施した。結果は、原発増設に[賛成30%]、[反対30.4%]、[どちらともいえない24.4%]、[分からない10%]、[言えない5.2%]だった。これを見ても、16人の町議による「全会一致」での賛成が、町民全体の意思と大きく異なっていることがよくわかる。

 双葉町において、巻町、刈羽村や海山町が行なったような住民投票をしていれば、賛否は拮抗しただろう。反原発派の一部の人は「勝てないかもしれない」という理由で、原発推進派の人たち同様住民投票に反対するが、もし「賛成多数」となっていたとしても、原発依存路線を認め進めたのは、町長や16人の議員だけではなく、主権者である町民の多数意思であったということが明確になり、事故が起き被害を被った際の責任が、東電のみならず自分たちにもあるということを認めざるを得ない。それは意味のあることだと私は考える。

 岩本のことは、何人もの作家やジャーナリストが自身の著作で取り上げているが、福島県石川郡出身の劇作家・演出家、谷賢一は、『フクシマ三部作』と題した戯曲で、実話を基に1960年代以降の岩本家の人々と東京電力の関わりや、大熊町、双葉町の町長、東電関係者らの動きを生々しく描いている。

 また、いわき市出身の社会学者、開沼博は『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたか』のなかで、岩本に触れながら、原発立地地域での「政治を成立させるのは「愛郷」のコミュニケーション」だとし、「そこにおいて岩本が『転向』した時期には、もはや『推進/反対』は大きな意味を成さなくなっていた」「もはや反原発の動きは、推進の動き同様に愛郷のなかに取り込まれるのみの存在となる」とし、「愛郷」という点で岩本は一貫していたという。

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筆者

今井 一

今井 一(いまい・はじめ) ジャーナリスト・[国民投票/住民投票]情報室事務局長

 1991年以降、ソ連、ロシア、スイス、フランス、イギリスなどで国民投票の取材を重ね、国内では新潟県巻町、名護市、徳島市など各地で実施された住民投票を精力的に取材。2006年~07年には、衆参各院の憲法調査特別委員会に参考人及び公述人として招致され、国民投票のあるべきルールについて陳述する。著書に『CZEŚĆ!(チェシチ)──うねるポーランドへ』(朝日新聞社)、『住民投票』(岩波書店)、『「憲法9条」国民投票』(集英社)、『国民投票の総て』、『住民投票の総て』(ともに[国民投票/住民投票]情報室)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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