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【10】国の遅れは企業の遅れ

日本企業も抜本的改革が必要 とくに法務改革を急げ

塩原俊彦 高知大学准教授

インドから輸入されて生まれた英国の近代官僚制

 ついでに、インドを統治するための官僚制が本国に輸入された話も紹介しておこう。

 1855年に、英国はインドにおいて「インド官僚制度」(Indian Civil Service, ICS)を導入した。インド高等文官採用のための公開競争学力試験が実施されたのである。当時、本国では官僚の選抜に際して、有力者による推薦などで情実人事がまかり通っていたのだが、ICSでは、試験結果のみによる選抜が行われた。当初は、受験資格が英国人だけに限定されていたが、後にインド人にも認められるようになる。東インド会社を通じてインドを統治してきた英国にとって、ICSはいわば企業統治と植民地統治を同じように行うための方法であった(蛇足だが、英文学という授業も英国の優れた文学をインドで教える必要性から生まれたのであり、植民地経営は本国の運営と不可分の関係にあった)。

 ICSの導入は英国内における官僚制の見直し議論と対応関係をもつ。官僚の多くの地位は官吏推薦長官(Patronage Secretary in Treasury)や有力な政治家の介在によって獲得されていた。19世紀に入ると、行政府は官僚制に機能性や効率性を求めるようになる。それがそれまでの「パトロネジ」(patronage)と呼ばれた情実任用に対する批判につながる。

 このパトロネジは、「より高位の社会的・経済的地位をもつ個人(パトロン)が、その影響力や資産を用いて、より下位の人物(クライエント)に保護や利益を与え、逆にクライエント側も人的奉仕を含む様々な支持や助力を提供することでパトロンに恩返しをする、援助を中心とした友好関係」を意味している(水田大紀,「パトロネジの「終焉」」『パブリック・ヒストリー』大阪大学, 2012, p. 47)。

 1853年、それまで公務員制度を管理してきた大蔵省のチャールズ・トレヴェリアンとスタッフォード・ノースコートがまとめた「ノースコート=トレヴェリアン報告書」を契機に、公務員制度改革が開始された(田中嘉彦,「英国における内閣の機能と補佐機構」『レファレンス』No. 12, 2011)。ポストの分類、採用年齢、公開競争試験、筆記試験(教養)、メリットに基づく昇進などの包括的な改革がめざされる。こうして、時の内閣の決定する命令である「枢密院令」(1855年)に基づいて、資格任用制と政治的中立性を根幹とする公務員制度がCivil Service Commission中心に開始された。さらに、1870年の枢密院令によって、公開競争試験の原則も確立するに至るのだ。

特許権から商標権・著作権へ

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 こうして近代化の過程で、国家と企業の統治は同調性を帯びながら、それぞれに進化したことになる。そして、その同調性は基本的に変わっていない。ゆえに、

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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