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「ワクチン外交」の裏面

特許を守る覇権国アメリカの傲慢

塩原俊彦 高知大学准教授

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対処するため、そのウイルスへの免疫抗体をつくるためのワクチン接種が世界中で進められている。そのワクチンを「武器」として、自国権益の維持・拡大に利用する「ワクチン外交」が活発化している。

 筆者はすでにこの欄に、「「ワクチン外交」と地政学」「ロシアと中国の「ワクチン外交」戦略」を書いたが、すると、テレビ局やラジオ局から出演依頼が舞い込んだ。それだけ、ワクチン外交への関心が高いことを実感している。そこで、今回は、ワクチン外交に潜む覇権国アメリカ合衆国の傲慢さについて紹介してみたい。

知られていないC-TAP

拡大vaalaa / Shutterstock.com

 最初に、“C-TAP”について説明したい。これが何を意味するかを知る人は少ないだろう。これは、世界保健機関(WTO)が2020年5月、コスタリカ政府および40の加盟国の共同スポンサーとのパートナーシップのもとに開始したCOVID-19 Technology Access Poolを意味している。COVID-19対策に必要な知識、知的財産データを自主的に共有するよう行動をとることを世界全体に求めるものだ。

 COVID-19と闘うために必要な製品開発を促進する手段を提供するとともに、製品を世界中で利用できるようにするために製造の規模拡大やアクセス障害の除去を促進することを目的としている。具体的に言えば、ワクチンという製品の生産規模を増大させるために、特許権を制限してそのために必要な情報、知識、データなどを共有するようにしようというわけだ。

 しかし、残念ながら、このC-TAPに協力を申し出たワクチンメーカーはゼロである。ワクチンメーカーは開発にかかわる特許権を取得し、これによって巨額の利益をねらっているのであり、たとえすでに1億2000万人強が感染し、300万人近い死亡者が出ているCOVID-19への対策であっても、カネ儲けを優先する姿勢をとっていることになる。

米国の裏事情

 米国や英国などの政府は、ワクチンメーカーに対して新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)向けのワクチン開発に巨額の資金支援を行ってきた。米国政府の場合、ワクチン開発に200億ドル近い補助金を出し、数億回分のワクチンを事前に購入する契約を結んでいる。米国には、米国政府が資金提供した発明を使用するための一定の権利を米国政府に与えることを定めたバイ・ドール法があるため、政府はワクチンメーカーに対して、①ワクチン製造法の公開を求める、②ワクチン製造のためのノウハウの共有を求める――といったことが可能なはずだ。しかし、バイデン政権は沈黙を守っている。ワクチン外交の裏には、米国政府の隠された事情があるのだ。

 実は、インド、南アフリカ、その他の約80カ国は世界貿易機関において、新型ワクチンの特許保護を一時的に免除するように求めている(詳しくはWTO資料を参照)。これに対して、ワクチンをつくっている製薬会社はこの動きを阻止するために、技術革新やワクチンの品質・安全性は独占的な知的財産権の維持にかかっていると主張している。

 さらに、2021年3月5日、製薬会社の経営者とその強力なロビイ活動団体、米国製薬研究製造業者協会はバイデン大統領宛てに書簡を送付した。そのなかで、「これらの保護を撤廃することは、新しい変異への継続的な取り組みを含む、パンデミックへの世界的な対応を損ない、ワクチンの安全性に対する国民の信頼を損なう可能性のある混乱を引き起こし、情報共有の障害となるだろう」と脅した。それに対して、米国は3月10日、英国、EU、スイスと共同で、免除措置を求める動きを阻止したという(2021年3月20日付「ワシントン・ポスト電子版」参照)。

 つまり、米国政府は明らかにワクチンメーカーたる製薬会社寄りの立場にたち、そのカネ儲け優先の姿勢を支持していることになる。

 たとえば、1991年3月に採択され1998年4月に発効した「植物の新品種の保護に関する国際条約」(UPOV条約: Union internationale pour la protection des obtentions végétales)の大幅改訂の背後には、米国の民間企業である「育成者」(品種登録者)の権利を保護・拡充しようとする米国政府の圧力があった(拙稿「サイバー空間とリアル空間における「裂け目」 : 知的財産権による秩序変容」を参照)。知的財産権の保護は覇権国米国が自国の企業を保護し、その技術革新を促すことで、覇権を維持するために不可欠となってきたのである。ゆえに、たとえパンデミックの最中であっても、おいそれと知的財産権の侵害につながるような政策を政府がとることはできないのだ。

 これに対して、中国とロシアはワクチンそのものを「公共財」と位置づけて、「問題解決を約束している」と、前述の「ワシントン・ポスト」紙は伝えている。そのための一歩として、ロシアの「スプートニクV」を生産しているガマレヤ研究所はカザフスタンから韓国まで現地生産者とパートナーシップを結び、ライセンス生産を認めている。3月22日には、プーチン大統領はスプートニクVの自国内使用を許可した国が55カ国あり、海外生産のために海外メーカーとすでに年間7億人分のワクチンを契約したと明らかにした。中国のワクチンメーカーについても、「アラブ首長国連邦(UAE)、ブラジル、インドネシアで同様の契約を結んでいる」(前掲の「ワシントン・ポスト」)という。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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