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「殺すぞ」と首相が普天間返還合意を口止め 苦い体験続いた大臣秘書官時代

連載・失敗だらけの役人人生⑮ 元防衛事務次官・黒江哲郎が語る教訓

黒江哲郎 元防衛事務次官

首相に電話のかけ方を教わる

 その後同じ年の10月に大規模な県民大会が開かれるなどさらに反基地運動がエスカレートし、11月には駐留軍用地特措法に基づく代理署名を県知事が拒否し、国と沖縄県との全面対決の様相を呈するに至りました。大臣は出張の帰途に空港でこの代理署名拒否問題の発生の報告を受け、総理と対応を協議するためそのまま総理公邸へ直行しました。

 協議の最中に、大臣から沖縄県議会のある議員へ電話をつなぐよう指示されました。当時携帯電話はさほど普及しておらず、総理公邸の固定電話で沖縄県議会へかけようとしたのですが、ボタンが多く複雑でなかなかうまくいきません。四苦八苦していると、なんと見かねた総理(村山富市氏=編集部注)ご自身が懇切丁寧に電話のかけ方を教えて下さったのです。

拡大1994年7月、首相官邸での記者会見を終えた村山首相=朝日新聞社
 

 総理が気さくな方で本当に助かりましたが、日本国内閣総理大臣に電話のかけ方を直接教えてもらった秘書官はそういないのではないかと思います。

 時期が時期だったので、沖縄・米軍問題に関連して多くの失敗をしでかしました。特に、翌1996年(平成8年)1月に総理が交替した後には、新しい総理(橋本龍太郎氏=編集部注)に一度ならず三度も直接叱られました。普通、総理が他の閣僚の秘書官を直接叱りつけたりすることはないのですが、新総理の目にはよほど気が利かぬ秘書官がいると映ったのかも知れません。

 中でも最も印象に残っているのは、通常国会の予算委員会中のことでした。ある日の午後、予算委員会中に隣席に座っていた他省の秘書官から「大臣へ」とメモが回ってきました。すぐ前に座っている大臣に渡すのは簡単ですが、自分が内容を理解できないものを報告する訳にもいきません。そこでまず自分で判読しようとしたのですが、メモを渡してくれた秘書官が「早く大臣に見せろ」とつつくのです。

 仕方なく大臣にお見せし、二人で解読してようやく内容を理解しました。在日米海兵隊のヘリが民間空港へ緊急着陸したという内容でした。

※イメージです

拡大2014年、衆院での審議で=朝日新聞社

 米軍機も自衛隊機も飛行中に異常が発生すると、たとえ些細な不具合であっても重大事故を避けるため予防的に近傍の空港へ着陸します。緊急着陸自体はさほど珍しくないため、民間に深刻な被害を与えたりしない限り速報される仕組みにはなっておらず、またこの時は沖縄ではなく本土の空港での出来事だったこともあり、まだ防衛庁の指揮系統からは報告されていませんでした。

 一方、民間空港での異常事態ということで、総理は警察から直ちに報告を受け、すぐに防衛庁長官へ注意喚起しようと試みられました。私が受け取ったメモは、総理の指示で総理秘書官が書き、閣僚席の後ろに居並ぶ各省庁の秘書官たちの間をリレーされて届けられたものだったのです。

 そうとは知らない私は大臣へすぐには渡さず解読を始めてしまい、気をもんだ総理秘書官が「早く大臣へ報告せよ」と身振りで示していたことにも全く気づきませんでした。そこで、見かねた隣席の秘書官がつついてくれたというのが事の真相でした。

 緊急着陸自体は民間の被害もなかったため、委員会が終了する頃には忘れかけていました。ところが、質疑が終わり大臣と私が退席しようとしていたところ、総理がつかつかとやって来られたかと思うと、まっすぐに私を指さし、委員会室に残っていた人たちが一瞬静まり返るほどの物凄い剣幕で「秘書官、そういう情報はすぐに大臣に上げなきゃダメだっ」と怒鳴ってから立ち去って行かれたのでした。

拡大1998年6月、衆院予算委員会での橋本首相=朝日新聞社

 あまりに突然のことで、得意の貧血で倒れる暇もありませんでした。二人でしばし茫然とし、先に我に返られた大臣が「叱られちゃったなあ。まあ気にするな」と慰めてくださいました。

 後で聞いたところによると、メモが防衛庁長官の手に渡るまでの様子を総理ご自身が横目でチェックしておられたのだそうです。防衛庁の感覚ではそれほど深刻な事案ではなかったこと、秘書官席はとても狭いため周囲の様子に気づくのは困難なこと、手書きのメモが読みにくかったことなど弁解したい点は多々ありますが、沖縄問題や在日米海兵隊問題が取り沙汰されていた時期の振る舞いとして緊張感が足りなかったと言われればその通りです。

 今は貴重な経験だったと笑って振り返ることが出来ますが、大臣の目の前で総理に怒鳴り上げられたのは心理的に結構大きなダメージがありました。

 これだけでなく、大臣の沖縄基地視察に随行した際に風邪をひいて使い物にならなかったこともありました。辛うじて現地まで同行したものの、SPさんから「大臣にうつしたら大変だから一緒に行動しないでくれ」とにべもなく言われ、大臣が視察されている間ずっと基地内の医務室でベッドに横になって休んでいました。大臣は優しい方で、この時も「秘書官は働き過ぎだから」と慰めて下さいました。

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筆者

黒江哲郎

黒江哲郎(くろえ・てつろう) 元防衛事務次官

1958年山形県生まれ。東京大学法学部卒。81年防衛庁に文官の「背広組」として入り、省昇格後に運用企画局長や官房長、防衛政策局長など要職を歴任して2017年退官。現在は三井住友海上火災保険顧問

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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